エラベノベル堂

共鳴レジリエンス

全年齢

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2章 / 全10

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「じゃあ、もう一回、いける?」 明日香が椅子を少し引きながら言った。譜面台の影が床に重なって、さっきまでの熱がまだ室内に残っている。晴は弓を持ち直し、颯真はベースの肩を確かめ、湊介は譜面の端を整えた。 「今度は、さっきの感覚を逃さないようにしたいですね」 湊介の言葉に、颯真が肩を鳴らす。 「だよな。なんか、手応えあったし」 「手応え、ね」 晴は短く返して、視線を上げた。 明日香はいつもの調子で、譜面台を少し傾けようとしていた。その拍子に、金属の脚が床を擦る。晴が反射的に位置を直そうと手を伸ばし、ほぼ同時に颯真も反対側へ回り込んだ。明日香は 「あ」 と小さく声を漏らし、指先で台を押さえる。 晴の手と明日香の手が、譜面台の縁越しにかすかに触れた。 その瞬間、明日香が目を瞬かせる。 「ごめん、ちょっとずれた」 「いや、こっちも」 晴が言い終える前に、颯真のベースのストラップが肩からずりかけた。湊介が反射的にそれを支えようとして、颯真の背中に手を添える。颯真は息を吸い、すぐに笑った。 「お、助かる。今の、危なかった」 「気をつけてください」 湊介はそう言いながらも、自分の指先がまだ相手の体温を覚えているのに気づいて、少しだけ目を伏せた。 配置が整うまでのわずかな間、四人の動きは妙に近かった。明日香が椅子を引き、晴が譜面台を戻し、颯真が立ち位置を半歩ずらし、湊介がその隙間を埋める。肩が触れそうになるたびに、誰かが先に気づいて、譲って、また少しだけ寄る。 「なんか、今の感じ」 颯真が曖昧に笑う。 「近い、っていうか」 「うるさい」 晴が言い返したのに、声はいつもより硬くなかった。 明日香は首をかしげたまま、でも目だけは少し真剣だった。 「でも、嫌じゃないなら、そのままでいいかも」 その一言に、誰もすぐには返さなかった。嫌じゃない、というより、妙に落ち着く。そう言い切るにはまだ早いのに、身体のほうが先に納得しているようだった。 楽器を構え直すと、さっきまでより息の入口が見つけやすい。晴が弓を下ろす前に、颯真の指が拍を刻み、湊介がその間を支え、明日香の視線が四人をまとめる。 最初の音は、さっきと同じだったはずなのに違って聞こえた。 重なった瞬間、音がただ前へ進むのではなく、部屋の中に立ち上がるようだった。晴の旋律が上へ抜け、颯真の低音が床を押し、湊介の内声がその間に細い橋をかける。そこへ明日香の一打が入ると、輪郭のぼやけていた部分が急にくっきりする。 「……今の」 晴が思わず漏らす。 「なんだよ、今の厚み」 颯真も目を見開いた。 湊介は弓を止めかけて、すぐに続きを繋ぐ。 「合わせた、というより……自然に入ってきました」 明日香は鍵盤の上で指を浮かせたまま、少しだけ笑う。 「うん。さっきより、息がそろってた気がする」 演奏が終わると、今度は沈黙が短かった。四人とも、戸惑いのまま互いの顔を見た。けれどその戸惑いは、さっきまでのぎこちなさとは違う。説明できないのに、確かに何かが変わったという顔だった。 晴は弓先を見つめ、颯真は指を握ったり開いたりし、湊介は静かに息を吐く。 明日香だけが、少し不思議そうに笑っていた。 「ね。もうちょっと続けたら、もっと面白くなるかも」 その言葉に、三人は同時に顔を上げた。まだ答えは出ない。ただ、今の一回で終わらせるには惜しい、そんな予感だけが、はっきり残っていた。

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