「これ、もう一回聞きますか」 湊介がスマホの画面をのぞき込みながら言った。昼休みの終わりが近いキャンパスは、学生たちの声でざわついているのに、四人の輪だけ妙に静かだった。サークル棟の前のベンチに肩を寄せて座り、昨日録った演奏を再生している。晴は腕を組み、颯真は前のめりになり、明日香は膝の上で両手を揃えた。 「ここ、だよね」 明日香が、ある一小節で指先を止める。 「うん。今のところ、急に音が立った」 晴が眉を寄せた。 「立ったっていうか、急に噛み合った」 颯真が画面を指さす。 「ほら、前の部分と比べると、ここの密度だけ違う。厚い、っていうより、音の間に隙間がない」 湊介は何度か再生位置を戻し、静かにうなずいた。 「触れたあとだけ、輪郭がはっきりしてますね。偶然にしては、はっきりしすぎてる」 明日香は小さく首をかしげた。 「偶然……かな。昨日は、たまたま近かっただけなのに」 「たまたまじゃないかもしれない」 晴の声は低かった。録音の中で、自分たちの音が一瞬だけ別物みたいに変わる。その違いを、耳がもう覚えてしまっている。 颯真は唇の端を上げた。 「じゃあ、試してみるしかなくない? 今度は最初から、意識して近くに立つとか」 「近く、って」 晴が言いかける。 「隣同士で練習する、くらいのつもりで」 湊介が淡々と補うと、明日香がぱっと顔を上げた。 「それ、いいかも。わざと距離を詰めたら、どうなるんだろ」 「どうなるって、もっと変になるかもしれないだろ」 「変になる前提なの?」 「お前が言うな」 晴と颯真のやり取りに、明日香がくすりと笑う。その笑い方だけで、場の空気が少しほどけた。 湊介は再生を止め、スマホをしまいながら言った。 「少なくとも、昨日の反応は無視できません。触れ合った部分だけ、演奏の厚みが増していた。なら、次はそこを狙うべきです」 「狙うって、言い方」 晴は苦笑したが、反対はしなかった。 颯真はベンチの背にもたれ、空を見上げる。 「よし。じゃあ次は、わざと隣に並ぶ。逃げるなよ、晴」 「誰が逃げるか」 「明日香は?」 「うん、いいよ」 明日香はあっさり答えて、四人の顔を順番に見た。 「私、真ん中でも端でも平気。むしろ、近いほうが弾きやすいかも」 その言葉に、晴は一瞬だけ視線を逸らした。弾きやすい、というだけのはずなのに、胸の奥が妙に落ち着かない。 湊介もまた、静かに息を吐く。昨日の録音を聞き返すだけで、またあの感覚が戻ってくる気がした。音が重なったのではない。誰かの気配に、音が引き出されていた。 颯真が立ち上がる。 「じゃ、決まり。次の練習は、もっと近くで」 明日香も立ち上がって、軽く伸びをした。 「なんか楽しみだね」 「楽しみ、で済むかな」 晴の呟きに、誰もすぐ返さなかった。ただ、四人とも同じ録音をもう一度思い浮かべているのがわかった。触れた瞬間だけ、世界の輪郭が変わるような、あの不思議な厚みを。 サークル棟の自動ドアが開く音がして、昼の光が一段明るくなる。四人はまだ答えを持っていない。けれど、次に並ぶときの距離だけは、もう以前のままではいられない気がしていた。
共鳴レジリエンス
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