エラベノベル堂

異世界ドリンク

全年齢

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1章 / 全10

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「……で、ここが今夜の寝床、ってわけですか」 宮城真斗は、旅の埃を払うように軽く息を吐いた。石造りの玄関は、都会の宿とは比べものにならないほど無骨で、だが不思議と温かい灯りに満ちている。長旅の疲れが足の裏からじわりと染み出して、背中まで重くなる。剣を帯びたままでも背筋だけは伸びていたが、それももう限界に近かった。 「ええ、ええ。勇者さまには、まずはお休みいただかないと」 女将はにこにこと笑い、手際よく真斗を奥へ促した。笑顔は柔らかいのに、妙に押しが強い。真斗は少しだけ眉を寄せたが、ここまで案内された以上、今さら警戒しても遅い。そう思って靴を脱ぎかけた、そのときだった。 「はい、まずはこれをどうぞ。旅の疲れがすっと抜けますから」 差し出された杯の中身は、夕闇みたいに濃い色をしていた。湯気の代わりに、甘さとも香ばしさともつかない匂いが立ちのぼる。真斗は一瞬だけ迷い、それでも受け取った。 「……薬草茶、ですか」 「ええ、特別ドリンクです」 言い方が、なんだか引っかかる。だが、女将の手前でいまさら断るのも違う気がした。真斗は杯を口元へ運び、ひと息で飲み干した。 次の瞬間、喉を通った液体が、妙に勢いよく身体じゅうへ広がった。 「っ、げほ……な、に、これ……」 思わず咳き込む。胸の奥が熱くなり、遅れて膝から力が抜けた。剣を握る指先までふわりと軽くなっていく。真斗は反射的に壁へ手をついたが、その手も頼りなく滑りそうになる。 「うふふ、効いてきましたね」 「効くって、どういう……」 言いかけたところで、真斗は自分の声が少しだけ甘く揺れているのに気づいた。まずい、と頭ではわかるのに、体が思うように従わない。頬の熱が引かず、視界の端が妙にやわらかく滲む。 いつもなら、こんな顔はしない。どれだけ疲れていても、崩れるのは剣筋だけで、表情だけは最後まで保つ。それが真斗という人間の、せめてもの矜持だった。 なのに、今は違う。 「真斗さま?」 女将の声が、やけに遠い。聞き返そうとしても、口元がうまく動かない。真斗は自分の頬を片手で押さえ、ゆっくりと瞬きをした。だめだ。力が入らない。怒るにも、構えるにも、肝心の芯がほどけていく。 「……これは、何の冗談ですか」 かろうじて絞り出した声は、普段の厳しさの欠片もなかった。女将はただ楽しそうに微笑んでいる。その笑みの意味がわからないまま、真斗はもう一度膝を震わせた。 宿の中が、妙に騒がしい。誰かが小走りで廊下を抜ける音、遠くで上がる笑い声、風に混じって届く食事の匂い。全部がやけに大きく、やけに近い。真斗は息を整えようとしたが、思考までふわりとほどけていくばかりだった。 「……ちょっと、待ってください。これ、ほんとうに、なに……」 言葉の最後は、自分でも驚くほど弱々しく消えた。

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