「真斗さん、こっちですって、倒れるならせめて景色のいいとこでね」 廊下の先から、軽い声が飛んできた。息を切らせた湊大が、真斗のぐらつく肩を真っ先に支える。続いて陸玖が、口笛でも吹きそうな顔でひょいと覗き込んだ。 「うわ、ほんとに顔が赤い。これは面白……いや、まずいか」 「その言い直し、遅いです」 真斗は睨み返そうとしたが、その視線がもう鋭くならない。悔しいのに、足元は綿みたいに頼りなかった。 そこへ、少し遅れて章仁が現れる。息を整えながら、いつものぶっきらぼうさで言った。 「無理して歩くな。……ほら、手」 差し出された手は、妙に真面目だった。真斗は一瞬だけ迷い、それでも支えられるまま身を預ける。こんなふうに腕を取られるのは、恥ずかしいはずなのに、振りほどく気力が湧かなかった。 「ちょっと、放して……ください」 「言葉はしっかりしてるのに、足がぜんぜんしっかりしてないな」 湊大が苦笑する。陸玖は肩をすくめて、真斗のもう片方の手に軽く自分の外套をかけた。 「冷えたら余計にきついでしょ。ほら、これ巻いときなよ。勇者さまでも、今日はお姫さま扱いでいいって」 「お姫さまじゃない……」 抗議はした。だが、声がふわりとほどけてしまい、三人の笑いを呼ぶだけだった。 中庭へ出ると、夜風が少しだけ肌を撫でた。月明かりの下で、真斗はさらに顔をしかめる。だがその表情すら、どこか弱く見えてしまう。 「大丈夫か。水、いるか」 章仁が真っ先に尋ねる。真斗は首を振ろうとして、途中で小さく頷いた。見抜かれた気がして、余計に気恥ずかしい。 湊大が近くの木桶を見つけて戻り、陸玖が手際よく杯を受け取る。二人の動きは妙に慣れていて、しかも互いに邪魔をしない。 「はい、ひと口だけ。変なもんじゃないよ、たぶん」 「たぶんって何ですか」 「そこはほら、雰囲気」 真斗は浅く息をついてから、水を口に含んだ。冷たさが喉を通るだけで、少しだけ世界が輪郭を取り戻す。それでも膝の力は戻らない。 「……すみません。こんなところ、見せるつもりじゃ」 「見せられたこっちの方がびっくりだよ」 陸玖がにやりと笑う。だが、その目はちゃんと心配していた。 「いつもは怖いくらい真っ直ぐなのにさ、今はほんと、放っておけない顔してる」 「その言い方、やめろ」 弱々しい反論に、三人が同時に笑う。けれど笑い声はからかいだけではなく、どこか安心した色を含んでいた。 章仁が真斗の前髪を少し避け、熱を確かめるように額へ手を当てる。 「……熱はないな。けど、もう少し座ってろ」 「命令……ですか」 「提案だ」 真斗は小さく息を漏らした。いつもなら反発していたはずなのに、今はその乱暴な優しさが妙に胸に残る。湊大は向かいにしゃがみ、まっすぐ目を合わせた。 「強い人ほど、たまには崩れていい。今日だけは、俺たちに任せてくれ」 その言葉に、真斗の頬がまた熱を帯びる。剣を握るときのような緊張ではない。もっと落ち着かない、けれど嫌ではない熱だった。 彼女は視線をそらしながら、かすかに頷いた。三人はそれを見て、ようやく息をつく。 夜の中庭には、虫の声と桶の水音だけが静かに満ちていた。だがその静けさの中で、真斗と三人の距離だけは、さっきよりほんの少しだけ近くなっていた。
異世界ドリンク
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