エラベノベル堂

シンクロニシティ・オーバー

全年齢

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1章 / 全10

「……え、俺だけ?」 診断台の向こうで、白衣の職員が画面を見直した。何度も、指先で端末を叩いている。だが表示は変わらない。感情記憶リンク、適性判定。不適合。 同じ検査列に並んでいた男たちの肩が、ほっと緩むのがわかった。隣のブースでは合格の通知が立て続けに鳴り、誰かが笑っている。あまりに自然で、祝いの空気さえ漂っていた。そこに立っている自分だけが、機器の誤作動にでも遭ったみたいに取り残される。 「再測定しますか」 「……いや」 口を開くと、妙に乾いていた。再測定したところで結果が変わる気はしない。職員は困った顔をしたが、それ以上は踏み込んでこなかった。周囲の視線が刺さる。哀れみより、扱いにくい欠陥品を見るような視線だ。 今の社会では、感情記憶を共有できる者が標準だ。仕事も、恋愛も、家族のかたちさえも、リンク前提で回っている。嫌な記憶は薄め、喜びは増幅し、衝突は最小限に抑える。それが便利で、正しくて、皆が望む未来らしい。 なのに俺だけ、そこから弾かれた。 センターの自動扉を抜けると、外の光がやけに白かった。朝の大都市はもう、リンク済みの人間たちで滑らかに流れている。角を曲がるたび、誰かの笑い声や、視線の先で交わされる短い合図が聞こえる。どれも自然で、どれも自分には遠い。 スマート案内が帰路を示した。表示されたのは、いつもの安い路線。いかにも不適合者向けの、目立たない帰り道だ。 「まぁ、いいか」 そう呟いた瞬間、胸の奥がひどく冷えた。強がりのつもりだったのに、音になった途端に負け惜しみになる。ポケットの中で拳を握る。今日はただの検査だったはずだ。なのに結果ひとつで、居場所の輪郭がぼやけた気がした。 駅へ向かう歩道橋の上で、振り返る。遠くにセンターの透明な外壁が見えた。あそこではきっと、もう次の検査が始まっている。自分だけが止まっているみたいで、足が重い。 リンクできない人間は、たぶん珍しくもない。けれど、珍しくないという事実が、救いになるわけでもなかった。 風が吹いた。髪をかすめたその感触だけが、妙に生々しい。誰の感情も流れ込んでこない静けさは、楽なはずなのに、ひどく孤独だった。 俺はゆっくり階段を下りた。背中に、センターの明るい光が遠ざかっていく。次の交差点を曲がれば、いつもの雑踏に紛れられる。紛れるだけだ。消えるわけじゃない。 それでも足を止めずに歩いた。 振り返らなければ、今日はまだ終わっていない気がしたから。

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