「……呼ばれたな」 再審査室の扉が閉まる音は、思ったより静かだった。白い机の向こうで、管理局の職員が二人分の記録を確かめている。俺は隣に立つ彼女に目をやった。昨夜までの揺れは残っているのに、もうそれを隠そうとしていない。 「今さら逃げる気?」 「逃げたら、もっと面倒だろ」 彼女は小さく鼻で笑った。その一瞬で、張りつめていた空気が少しだけ和らぐ。だが職員の声は容赦がなかった。 「お二人は高同期ペアとして監視対象に移行します。以後、無断での分離や記憶操作は認められません」 「監視って、言い方が悪い」 「事実です」 俺は肩をすくめた。以前なら、その言葉だけで息苦しくなっていたはずだ。けれど今は違う。彼女の指先が、机の端に触れるほど近くにある。その距離が、奇妙なくらい心強い。 「なら、こっちも選ぶ」 俺が言うと、彼女はわずかに目を見開いた。 「何を」 「切り離されるためじゃなく、残すための登録だ。お互いの記憶を、そのまま持って進む」 職員の手が止まる。確認の視線が、こちらへ向いた。 「……最終意思の確認でよろしいですか」 「よろしい、って言うしかないでしょ」 彼女が先に答えた。強い声だった。だがリンク越しには、怖さも伝わってくる。失われるはずだったものを、自分で抱えていく覚悟の震えだ。 「書き換えはしない」 彼女は続けた。 「怖かったことも、拾いすぎたことも、全部残す。消して楽になるのは、もう望まないから」 俺はその横顔を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。彼女はもう、孤独に閉じこもるだけの人じゃない。傷ついたままでも前へ進むことを、自分で選んでいる。 職員は短く息を吐き、端末を操作した。 「登録内容を更新します。完全同期の運用は、理解支援を目的とする新規枠に限定されます」 「支配じゃなくて、理解、ね」 俺が呟くと、彼女がこちらを見上げた。 「……いい名前」 「だろ」 「調子に乗らないで」 そう言いながらも、彼女の口元は柔らかい。もう、壊れそうな笑い方ではなかった。 端末に映る確認欄へ、二人分の承認が重なる。書き換えではない。消去でもない。残したまま、進むための手続き。 それが終わった瞬間、彼女はふっと肩を落とした。 「終わった?」 「たぶん、始まった」 「どっちよ」 「両方だろ」 彼女は呆れたように息を吐き、それから、少しだけ俺の袖を引いた。 「ねえ」 「ん?」 「これからも、勝手に受け止めて」 「勝手じゃない」 「そういうところ」 その言い方は文句みたいで、けれど確かに頼っていた。俺は笑って、彼女の手を握り返す。白い室内で交わしたその温度は、もう迷いを含んでいなかった。 外から見れば監視対象。だけど俺たちにとっては、互いの記憶を抱えたまま未来へ行くための、最初の許可だ。 彼女が小さく頷く。 「……行こう」 「ああ」 再審査室の扉が開く。眩しい光の向こうへ、二人分の影が並んで伸びていった。
検閲済みプロット
西暦2087年。感情記憶を直接書き換えられるニューラルリンク技術が普及する中、主人公はリンクの相性が悪いとされる『不適合者』だった。ある日、超稀に存在する『完全同期型』のヒロインと強制的にリンクペアに指定され、共同生活が始まる。最初は感覚のノイズで眠れない日々だったが、次第に彼女の感情が直接伝わってくることに気づく。リンクを通じて彼女の孤独や憧れを肌で感じ取った主人公。彼女の能力は強大で、近隣のカップルの強い感情反応まで感じ取れてしまう。なぜか日に日に強大になっていく彼女の力を制御すべく、主人公はリンクを解除せず、感覚の遮断を一時停止する提案をする。実は主人公は不適合者ではなく、パートナーの能力を完全に引き出す能力を持っていた。感覚が完全に同期した状態で交わる行為は、単なる肉体関係ではなく記憶の融合——彼女と彼の想いが交差する中、二人は互いの内側へ完全に開かれるのであった。
