「……まだ、終わってないんだな」 俺がそう言うと、彼女は薄く笑った。笑った、というより、ようやく息をつけた顔だった。検証ルームの冷たい灯りの下で、さっきまで堰き止められていた感情が、少しずつ行き場を見つけていく。 「終わるわけないでしょ。今さら」 「だよな」 隣に立つ彼女は、まだ目元が赤い。けれど、その赤みさえ隠そうとしなかった。隠せないのではなく、隠す必要がなくなったのだと、リンク越しにわかる。 「あなた、本当に変よ」 「今さらだろ」 「そうじゃない。ずっと、私が崩れないように、先に受けてた」 その言葉に、喉の奥がきゅっと締まった。彼女の中に流れていた記憶の熱は、もう暴れない。ただ、静かに残っている。夜の底で誰にも拾われなかった重さも、誰かに触れられることを恐れて閉じた痛みも、全部が一つの形にまとまっていた。 「壊さないためだ」 俺が答えると、彼女は伏せていた視線を上げた。 「私を?」 「お前も、俺も」 それだけ言うと、彼女は何も返さなかった。返せなかったのかもしれない。代わりに、ほんの少しだけ距離を詰める。たったそれだけで、二人の間にあった揺れがさらに整っていく。 「……ねえ」 「ん」 「私が欲しかったのって、特別な答えじゃなかったのかも」 「どういう意味だ」 彼女は少し考えてから、ゆっくり言った。 「ただ、わかるって言ってほしかった。誰にも伝わらないまま終わるんじゃなくて、ここに残るって、そういうこと」 その一言が、胸の奥の空白に真っすぐ落ちた。俺は不適合だと切り捨てられた日から、何かが足りないまま生きてきた気がしていた。でも今なら、その空白が彼女の孤独とつながっていたのだとわかる。 「なら、もう残ってる」 「え」 「お前の願いも、俺が受けた記憶も。消えない」 彼女は目を見開いた。けれど驚いたのはほんの一瞬で、すぐに困ったような顔になる。 「そんな言い方……ずるい」 「事実だ」 「事実なら、もっと静かに言って」 「無理だろ」 そう返すと、彼女は今度こそ小さく笑った。泣き顔に近いのに、妙にまぶしい笑い方だった。 検証ルームの外は、まだ深い夜のままなのだろう。だがこの場所だけは、互いの記憶が入り混じって、冷たさを失っていた。 彼女がふっと息を吐く。 「……もう少しだけ、ここにいて」 「いるよ」 俺が答えると、彼女はようやく肩の力を抜いた。深く共有された感覚は、まだ完全には落ち着ききっていない。けれど、崩れる予感ではなく、次へ進むための静けさに変わりつつあった。 彼女の願いは、誰かにただ理解されることだった。 その当たり前すぎるほど切実な望みを、俺は今になってようやく掴んだところだった。
シンクロニシティ・オーバー
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