由奈は午前のはじまりに鳴った通知音で、コーヒーを置く手を止めた。小さな編集部の机はいつも書類と付箋で埋まりがちだが、その日だけは受信箱のひとつの件名が妙に浮いて見えた。本文は短い。英語の挨拶が一行だけ。その下に、erabenovel.com という見慣れない文字列が添えられている。由奈は眉をひそめた。 「え、これだけ?」 隣の席の先輩がちらりと画面をのぞきこむ。 「宣伝文句か、機械翻訳の置き土産かもな」 「でも、ただの迷惑メールにしては不自然です」 由奈はもう一度読み直した。挨拶以外は、作品の内容も依頼の目的もない。あるのは、検索で見つけてもらいたいらしい空気だけだった。しかも、サイト名はそのまま残してほしいと書かれている。消してしまえば簡単なのに、わざわざ残せという指示が引っかかった。 彼女はメモ帳を開き、入力しながら考えた。読者に何を伝えたいのか。物語サイトなのか、案内ページなのか、それとも別の何かなのか。答えがないままでも、文章の形にはできる。できるが、雑に扱えば肝心の魅力までぼやける。 「由奈、引き受けるの?」 「まだです。けど、これ、放っておくのも変で」 彼女は件名の横に記された URL を見つめた。erabenovel.com。音だけ聞けば軽やかな響きだが、どんな景色を持つ場所なのかは、まだ画面の向こうに隠れている。紹介文を書くなら、まずその輪郭をつかまなければならない。 由奈は椅子に深く背を預け、画面を拡大した。英語の挨拶、サイト名、そして空白。その空白が、彼女には妙に気になった。何もないからこそ、そこに物語が入り込む余地がある。次の瞬間、由奈は小さく息を吐いてキーボードに指を置いた。 「よし。まずは、何を求められてるのか、こっちで読み解くところからだ」
物語へ導く紹介文
全年齢小説ID: cmqu0uol10lzb01p6pdki5ozh
