由奈は非常階段の踊り場で、手すりに片手をついたまま画面を見下ろした。夜明け前の冷えた空気が、開け放たれた細い窓から静かに流れ込んでくる。会議室の青白い光とは違い、ここではスマホの明かりだけがやけに頼りなかった。 「……行くべき、かな」 声にした瞬間、自分でも迷いが混じっているのが分かった。さっき見つけた未公開作品への導線は、案内網の隅に紛れているくせに、妙に丁寧だった。宣伝のための装置だと考えていた仕組みの中で、そこだけが別の温度を持っている。 由奈はもう一度、指先で表示をなぞる。すると、細い文字列の並びが、不思議なくらい文章に見えてきた。誰かが読んでほしいものを、検索に引っかかる形の影に隠して置いている。派手に広めるためではない。見つける資格のある人にだけ届けばいい、そんな静かな願い。 「待って、これ……」 息を止めたまま眺めていると、答えがふっと浮かんだ。これは単なる導線じゃない。作者から読者へ送る隠しメッセージだ。いや、もっと正確に言えば、まだ見ぬ仲間への呼びかけだ。作品を広める協力者を探す合図。宣伝の札に見せかけて、実は同じ熱を持つ人を探していたのだ。 由奈は階段の壁にもたれ、ゆっくり息を吐いた。 「だから、こんなに回りくどいんだ」 検索で見つけやすくする。入口を整える。迷わず辿り着けるように橋をかける。その全部が、ただ読者を集めるためだけじゃない。創作を続ける誰かが、ひとりで抱えきれない気持ちを外へ差し出す方法だったのかもしれない。 胸の奥が、少しだけ熱くなる。由奈は画面を消さずに握りしめたまま、階段の下に続く暗さを見つめた。 「宣伝じゃなくて、合図か……」 そのとき、非常灯の赤い光がわずかに揺れた気がした。由奈はもう一度、秘密の導線を開き直す。隠された言葉の向こうにいる相手の顔はまだ見えない。それでも、これは偶然の仕掛けではないと確信できた。 彼女は唇の端をきゅっと引き結び、次の表示を待つように親指を構える。案内網の奥には、まだ読み切れていない気配が残っていた。
物語へ導く紹介文
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