乾いた朝靄が、山岳都市の尖塔を薄く包んでいた。大学支所の石造りの廊下を抜けると、助手席ではなく助教授席に置かれたままの封筒が、やけに重たく見えた。僕は指先で封の端を確かめ、呼吸を整えてから、差出人の紋章を見た。公的依頼書。しかも、そこに並ぶ文言はたった一行だけだった。 最奥の水脈を確認せよ。 「……ずいぶんと、雑な命令だな」 誰に言うでもなく呟くと、窓辺で帳簿をめくっていた事務官が肩をすくめた。 「雑、ではありませんよ。ああいう書き方をされる案件ほど、後から面倒になります」 その通りだった。干上がった川の源流を調べる、という表向きの説明は簡潔だ。だが、地図にない谷、途中で途切れる水路、失踪した測量隊の噂。どれも耳にしたことがある。探検家としての勘が、背骨の内側を静かに撫でた。 「危険、という意味か」 「ええ。けれど、先生なら喜ぶでしょう」 「喜ぶわけがない。……少しだけ、燃えるだけだ」 僕は封筒を胸元にしまい、支所の扉を押した。外へ出ると、山の空気はひどく澄んでいて、逆に遠くが読めない。見えないものほど厄介だ。そう思うたび、調査の輪郭が、ただの学術業務ではなくなる。 源流が消えた理由を知りたいのか。いや、たぶんそれだけではない。報告書に刻まれた一文は、誰かが意図的に隠している何かの前触れだ。水が消えたのではない。どこかへ導かれている。そんな気配がした。 「最奥、か」 僕は山の稜線を見上げた。未知の危険が待っている。だが、そういう場所でしか見つからない答えがあるのも知っている。 封筒の重みは、もう紙のそれではなかった。
源流をめぐる競争
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