昼の光が、登録所の高い窓から斜めに差し込んでいた。帳簿の匂いと磨かれた金具の光沢が混じる中、僕は机に広げた装備をひとつずつ確かめる。羅針盤、測量糸、予備の水袋、簡易の保存食。どれも山へ入るには足りるが、未知へ向かうには心許ない。 「ずいぶん慎重ですね、先生」 背後から、涼しい声がした。 振り向くと、同じ依頼書を片手にした女学生が立っていた。年は僕より少し下だろう。だが、目つきは学生のそれではない。獲物を見つけた探検者の目だ。 「君も、その案件か」 「ええ。干上がった川の源流調査。最奥の水脈を確認せよ、でしたね」 彼女はさらりと紙を揺らした。僕が胸元にしまった封筒と、まったく同じ紋章。 「奇遇だな」 「奇遇、ですか? 私は運命だと思いますけど」 挑発的な笑みが浮かぶ。 僕は肩をすくめた。 「運命でも偶然でもいい。先に成果を出すのは僕だ」 「その言葉、返します。先生がどれだけ早く動こうと、私のほうが先に確かなものを見つけます」 空気が、ぴんと張る。同行する気はない。ただ、同じ山へ向かい、同じ標的を追い、互いの一手を先に読む。そんな面倒で、妙に面白い競争が始まったらしい。 彼女は机の端に置いた僕のバックパックを一瞥して言った。 「その留め具、少し緩んでます。山で外れたら困るでしょう」 「忠告か」 「宣戦布告の前払いです」 「口が達者だな」 「先生ほどでは」 僕は思わず笑いそうになって、咳払いでごまかした。女学生は負けじと顎を上げる。 「行程だけは、遠慮なく競いましょう。先に着いたほうが、先に真相へ近づく」 「望むところだ」 言い切った瞬間、登録所の受付越しに事務官がこちらを見て、困ったように眉を下げた。だが、止める気配はない。たぶん、ここでは珍しいことでもないのだろう。 彼女は依頼書を軽く折りたたみ、踵を返しかけて、最後に一度だけ振り向いた。 「先生。足の運び、少し遅いですよ」 「それは君が速すぎるだけだ」 「なら、置いていかれないようにしてください」 そう言い残して、彼女は人波の向こうへ消えた。 僕は再び装備に視線を落とす。妙な相手だ。厄介で、油断ならない。けれど、あの目は本気だった。 最奥の水脈を探す旅は、どうやら一人では終わらない。いや、終わらせるつもりがない者が、もう一人いる。 僕は留め具を締め直し、静かに息を吐いた。勝負の幕は、もう上がっている。
源流をめぐる競争
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