会議室の空気は、朝の光が入るせいで妙に澄んでいた。俺は机の上にノートPCを開いたまま、昨夜から今朝まで積み上げた保存データを見渡す。営業向け、調査向け、バックアップ用。そのどれもが、もう手元にある。 「全データ、退避完了しました」 そう告げると、向かいの同僚が静かにうなずいた。 「で、もう終わりか?」 「いや。ここからが始まりだと思う」 自分でも少し意外なくらい、声は落ち着いていた。FreeB2BDataが終わる。それは確かに区切りだ。けれど、あのサービスで拾ったのは単なる名簿じゃない。何度も更新された連絡先、消えずに残った古い関係、そして最後に隠れていたメッセージまで、全部が次の仕事に持っていける材料になっていた。 俺は画面を共有して、新しい空の台帳を開いた。 「これからは、うちの手で顧客台帳を作り直します。最新情報だけじゃなくて、過去の接点も残す。相手がどう変わってきたかが分かる形にしたい」 「今までのより、ずっと手間がかかるだろ」 「でも、必要だ」 言い切ると、胸の奥の迷いがすっとほどけた。終了通知を受け取った日の朝は、ただ守ることで精一杯だった。だが今は違う。失う前に確保した記録が、守るだけのものじゃなくなっている。縁を見直し、つなぎ直し、次の相手へ渡すための土台になる。 同僚が新しい台帳の欄に目を走らせる。 「営業用の連絡先だけじゃなくて、展示会の名残も入れるのか」 「入れる。過去の接点があると、話し方が変わるから」 「なるほどな」 窓の外では、会社の朝が普通の速度で進んでいく。けれど、この会議室の中だけは少し違った。終わるはずだったサービスが、思いがけず始まりの形に変わっている。 俺は保存済みのファイルをひとつずつ閉じ、新しい台帳の先頭にカーソルを置いた。 「ここから先は、俺たちの番だ」 誰かに残された記録が、誰かとの関係へと変わっていく。そのことを、今ならはっきり言える。サービスは終わっても、縁は終わらない。むしろ、これから作る名前の並びが、次の仕事を動かしていくのだ。
検閲済みプロット
FreeB2BDataの担当者Liza Selfから、サービス終了に伴い24時間以内にデータをダウンロードしてほしいという案内メールが届く。252か国・3300万社以上の企業情報があることが強調され、受け手は重要な連絡として対応を迫られる。
