翌朝の組立室は、金属の匂いと人の足音で早くから満ちていた。昨日までただ見ているだけだった茶色い毛並みのサルに、奈津美は小さくうなずく。 「サル太、これ、お願いできる?」 声をかけられたサルは、片耳をぴくりと動かした。奈津美が示したのは、軽い部品をまとめた小箱だった。重い仕事ではない。けれど運ぶ向きや置き場所を覚えなければならない。サルは箱を覗き込み、両手で慎重に持ち上げた。 最初は一つずつだった。だが途中で箱の中身を見直し、重なり具合を確かめるようにして、いくつかに分けて抱え直す。まるで自分なりに持ちやすい形を考えたみたいに、器用な動きだった。職人たちが見守る中、サル太は小分けにした部品を、作業台の下まで丁寧に運んでいく。 「おお、わかってるじゃないか」 誰かがそう言うと、別の者が笑いをこぼした。サル太は声のほうを見上げたが、褒められた意味まではわからないらしい。それでも、置き場所を外さなかったのが自分の仕事だとでもいうように、満足そうに鼻を鳴らした。 奈津美は次の箱を指さした。サル太はすぐに向かう。だがその途中、壁際にある事務用の机へふらりと寄り、そこに置かれたタイムカードの機械を見つけてしまった。赤い表示板が、妙に目を引いたのだろう。指先でためらいなく押された機械は、ぴっと軽い音を立てた。 一瞬、室内が静かになった。次の瞬間、誰かが吹き出した。 「おい、もう出勤したことになってるぞ」 「サル太、朝一番の働き者だな」 笑いが広がると、張りつめていた空気までほどけていく。奈津美もつい肩を揺らした。サル太は自分のしたことが何を呼んだのか理解できず、首をかしげている。その様子がまたおかしくて、工場中がやわらかく笑った。 奈津美はタイムカード機の前に立ち、サル太の背をそっと撫でた。 「そこは押さなくていいの。でも、手伝ってくれてありがと」 サル太は奈津美を見て、短く鳴いた。部品の箱はきちんと運ばれたまま、作業台の下に揃っている。小さな失敗一つで、朝の組立室は思いがけず明るくなっていた。
鋼の朝に、福猿は帰る
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