エラベノベル堂

鋼の朝に、福猿は帰る

全年齢

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4章 / 全10

午後の資材置き場は、昼の熱が少し残っていて、積まれた木箱の影だけがひんやりしていた。サル太はそこを、まるで遊び場でも見つけたみたいにちょろちょろと動き回っていた。次の瞬間、壁際に立てかけてあったホースに前足をかけ、くるりと引き寄せる。水の出し口は誰かが止め忘れていたらしく、サル太が勢いよく振り回した先から、細い水筋が勢いよく飛び出した。 「わっ」 職人たちが思わず声を上げる。サル太は人間が水をまく様子を覚えたのだろうか、器用に左右へ首を振りながら、床へ水を広げていく。乾いたほこりはたちまち濡れて、白っぽい筋を残しながら流れていった。いつもなら雑巾を持って何往復もするところが、一気に片づいてしまう。だが、その勢いは余計なものまで巻き込んだ。 来客予定を知らせる説明看板が、壁際でしっとり濡れていた。紙に書かれた文字はにじみ、せっかく整えた案内が頼りなく見える。誰かが慌てて手を伸ばしかけたが、奈津美が先に動いた。 「大丈夫。板だけ替えればいい」 彼女は近くにあった乾いた板を引き寄せると、濡れた看板の内容を見比べながら、すばやく書き直し始めた。鉛筆の先が木目の上を走る音が、やけに落ち着いて聞こえる。字は丁寧で、急ぎながらも読みやすい。水でぼやけた場所を避けるように、要点だけをすっとまとめていく。 サル太はその様子を横目で見て、まだホースを握ったまま首をかしげた。自分がしたことがまずかったのか、役に立ったのか、判断できない顔だった。だが奈津美は振り向くと、濡れた床を見て、少しだけ笑った。 「掃除は上手。でも、看板はびしょびしょにしないでね」 その言葉に、周りの職人たちも苦笑を漏らした。健一は腕を組んだまま濡れた床と書き直された板を交互に見ていたが、やがてため息まじりに鼻を鳴らした。 「まあ、仕事はしてるな」 誰かが 「掃除係だな」 と言うと、別の者が 「うちの新人にしては派手だ」 と笑った。サル太はその空気を感じ取ったのか、今度はホースを乱暴に振らず、床の端へ向けて水を少しだけ流す。濡れたほこりがすっと集まり、資材置き場の隅が見違えるように明るくなった。 奈津美は書き終えた板を立て直し、手のひらで表面を軽くたたいた。読みやすい文字が乾きかけの板に落ち着いている。 「よし。これで大丈夫」 健一がそれを見て、短くうなずく。 「掃除係、続行だな」 その一言で、資材置き場にいた全員の肩の力がふっと抜けた。サル太は意味を理解していないはずなのに、どこか得意げに胸を張る。工場の誰もが、もうこの騒がしさに慣れ始めていた。濡れた床の端で、書き直された看板が静かに乾きながら、工場の一部としてちゃんと居場所を得ていく気配があった。

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