エラベノベル堂

鋼の朝に、福猿は帰る

全年齢

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6章 / 全10

まだ薄暗さの残る加工室に、段ボールを裂く音がいくつも重なった。追加修正の指示書が届いたのだと、奈津美が開いた封筒の厚みでわかる。紙面には赤い書き込みが並び、納期が迫っていることを無言で突きつけていた。 「これ、全部今日中に直しか」 健一の声は低かった。熟練の職人たちはそれぞれの持ち場で手を止める暇もない。金属を削る音、測り直す音、確認の呼び声が一斉に立ち上がり、工場の空気は一気に戦場めいた緊張を帯びた。 奈津美は指示書を抱えたまま、部品箱の列へ目を走らせる。置き場所は何度も変わる。工具も使う順に並べ直さなければならない。そこへ、サル太がいつものように小さな足取りで近づいてきた。誰かの足元をすり抜け、箱の角に鼻先を寄せる。次の瞬間には、あれだけ散らばって見えた部品箱の位置を、もう覚えた顔をしていた。 サル太はひとつ、またひとつと箱を運び始めた。持てる大きさに分けるように中身を見て、重そうなものは後回しにする。奈津美が次に必要になる工具を手に取るより早く、彼はそれを口元に近い場所へそっと引き寄せていた。まるで先回りしているみたいだった。 「そこ、ありがたい」 奈津美が言うと、サル太は短く振り返る。褒め言葉の意味はわからなくても、声の温度は伝わるらしい。彼はすぐに次の箱へ向かい、作業台の下まで部品を運び込む。職人たちは慌ただしさの中で、その小さな背中に何度も助けられた。 健一が図面を見比べながら眉を寄せる。奈津美は段取りを口にし、必要な道具を指で示す。そのたびにサル太が先に動き、箱のふたを開け、該当するものを見つけ、すぐ使える場所へ寄せていく。誰かが探し物をする時間が、少しずつ削られていった。 「まるで段取りを覚えたみたいだな」 誰かがつぶやくと、別の職人が息をつきながら笑った。 「いや、こっちより早いぞ」 笑いは短かったが、確かに緊張をほどいた。奈津美も口元を緩める。追い詰められているはずなのに、サル太の動きには妙な頼もしさがあった。箱の側面を確かめるように叩き、必要なものを見つけると、迷いなく次へ渡す。その一つ一つが、工場の流れをつないでいた。 だが指示書の赤字はまだ山ほど残っている。奈津美は作業台の上に紙を広げ、次の修正箇所へ視線を落とした。サル太はその横で、もう次の部品箱の位置を確かめている。工場の朝は、まだ始まったばかりだった。

6章 / 全10

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