検品スペースには、金属をはじくような光と、仕分け棚の影がまだ残っていた。奈津美が不良品をまとめた箱を開け直したとき、サル太はいつものように足音もなく近寄ってきた。積まれた部品の山を見上げ、鼻先を小さく動かす。それから、山の奥へ細い腕を差し入れ、ほとんど同じ形に見えるものをいくつか抜き出した。 「それ、違うの?」 奈津美が思わず声を落とす。サル太は返事の代わりに、抜き出した部品を並べて見せた。ひとつは、角の丸みがわずかに甘い。ひとつは、穴の位置がほんの少しずれている。人の目では流してしまいそうな差だったが、整列させると確かに違いが浮かび上がった。 健一が身をかがめ、眉を上げた。 「こんなのまで見分けるのか」 職人たちの手が止まり、箱の前に静かな輪ができる。サル太は褒められているのかどうかもわからない顔で、今度は別の山へ飛び移りそうな勢いで身を乗り出した。見つけた違和感が楽しいのかもしれない。奈津美はその横顔に、頼もしさと同時に、落ち着かなさも感じた。人の目より早く、危ういものを見つけてしまう。その機敏さが、今は確かに工場を助けている。 だが、検品台の向こう側で、別の空気がふっと張った。通路の先に、見学に来た取引先の担当者が立っていたのだ。案内役の声が近づき、靴音が検品スペースへ向かってくる。サル太は箱の上に飛び降り、首を傾げながらその気配を見た。 奈津美の背筋がすっと冷える。 「健一さん」 低い呼びかけに、健一もすぐ察した。次の瞬間には、職人のひとりが大きめの台車を押し出し、奈津美が検品済みの札を持ったまま動線を指さしていた。普段の案内とは違う、即席の回り道だ。棚の陰を抜け、資材の並ぶ側へ誘導する。会話も手短に、音も立てず、誰もが自然を装いながら動く。 「こちら、先にご覧ください」 案内役の声が一拍遅れて、流れが変わる。担当者は不思議そうにしながらも、そのまま指示された方向へ進んだ。サル太はその隙に、奈津美がそっと開けた扉の影へ身を滑り込ませる。ほんの一瞬、茶色い毛並みが棚の隙間に消えた。 奈津美は胸の奥で息をついた。見つからなかった。けれど、これで終わりではない。取引先の視線が通り過ぎるあいだ、彼女は何事もなかった顔を作り、手の中の札をそっと握り直した。サル太は影の向こうで、まだ次の部品を探すように小さく身を揺らしている。
鋼の朝に、福猿は帰る
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