昼の熱をまだ少し抱えたままの校舎を出ると、空気は湿り気を帯びていた。凛奈は鞄の肩紐を握り直し、愛梨の隣で足を止める。空は厚い雲に覆われ、遠くで低い雷のような音が鳴っている。さっきまで続いていた部活帰りのざわめきが、体育館の裏に来ると急に遠のいた。 「傘、ある?」 愛梨が鞄を少し持ち上げてたずねる。凛奈はうなずいたが、取り出したのは一本だけだった。骨の細い折り畳み傘。二人で入るには少し小さいかもしれない、と凛奈は思う。けれど今さら別々に歩くのも落ち着かない。 「どうする?」 「一緒に帰れるなら、それがいいかな」 愛梨はあっさり言って、先に傘を開いた。雨粒がぽつりぽつりと地面を濡らし始める。凛奈は一歩寄り、肩が触れそうな距離でその中へ入った。近い。けれど嫌ではない。むしろ、雨音に紛れてしまうくらい自然だった。 校舎の角を曲がると、濡れたアスファルトが鈍く光る。二人分の足音は、ひとつに重なったり離れたりしながら続いていく。凛奈は話しかけようとして、結局やめた。沈黙が気まずくない。それが少し不思議で、少し嬉しい。隣にいる愛梨も何も言わず、ただ歩調を合わせている。 雨が傘の端を叩くたび、小さな音が生まれる。その音の隙間で、凛奈は自分の呼吸が落ち着いていくのを感じた。何かを急いで埋めなくても、このままでいられる。そんな安心が、胸の奥に静かに広がる。 しばらくして、愛梨が何気なく身を寄せた。ほんの少しだけ肩が傾き、凛奈の肩先にそっと触れる。触れられたことに気づいた瞬間、凛奈の心臓は跳ねたのに、体は逃げなかった。むしろ、その温度があまりにやさしくて、息をするのも惜しいほどだった。 「寒くない?」 「ううん、平気」 それだけ返すと、また静けさが戻る。だが今度の沈黙は、先ほどよりももっと近い。言葉がなくても、隣にいることそのものが会話みたいだった。愛梨の肩のぬくもりは薄い布越しでもはっきり伝わり、凛奈は自分が大切に扱われているのだと、遅れて気づく。 住宅街に入るころには、雨脚が少し強くなっていた。それでも傘の中は不思議と狭苦しくない。むしろ、二人だけの小さな空間のように感じられる。凛奈は視線を落とし、濡れた路面に揺れる街灯の光を見つめた。愛梨の肩がそっと寄り添ったまま離れない。その確かな重なりに、言葉にできない親密さが少しずつ積み重なっていく。
夕映えの図書室、手をつなぐまで
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