夕方の体育館には、文化祭準備の独特な熱気がこもっていた。高い天井の下で声が反響し、紙を打つ音や脚立のきしみが重なって、外の冷えかけた空気を遠くへ押しやっている。凛奈は演劇の小道具を載せた台車の端をそっと押しながら、進行表を片手に見下ろした。噂のことが頭の片隅に刺さっているのに、今は立ち止まれない。立ち止まれば、誰かの視線に負けてしまう気がした。 「ここ、次の搬入までに並べ替えよう」 愛梨の声はいつも通り明るかったが、その奥にある硬さを、凛奈はもう見逃さない。二人は黙ってうなずき合い、舞台袖の段ボールを開けた。色紙で作った月の飾り、布で包まれた小さな机、開演から終演までの流れを書いた進行表。ひとつずつ確認していくたび、散らばっていた準備が少しずつ形を持ちはじめる。 周囲の生徒たちは、ちらりとこちらを見る。知らないふりをする視線もあれば、あからさまに好奇心を含んだものもある。凛奈はそのたびに胸が縮むのを感じたが、愛梨が隣で手を動かし続けるだけで、足が止まらなくなる。噂に負けたくない。ただそれだけで、手元が少し強くなった。 「凛奈ちゃん、これ持ってくれる?」 差し出された箱を受け取りながら、凛奈は小さく息を吸う。ここまで来られたのは、自分ひとりの力じゃない。そう認めるのは怖かった。けれど、もう目をそらせなかった。 「……私、愛梨に支えられて、ここまで来たんだと思う」 言葉にした瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。愛梨は少しだけ目を丸くして、それから柔らかく笑った。 「私もだよ。凛奈ちゃんが、ちゃんと前を向こうとしてくれたから、私も頑張れた」 その声には、誇らしさが滲んでいた。誰かに褒められるよりずっと深く、凛奈の中へ沈んでいく。 「怖くなかったわけじゃない。でも、逃げなかったのは凛奈ちゃんだから。私は、その勇気をすごいって思ってる」 周囲のざわめきが、やけに遠く感じた。見られている。けれど、隠すことばかり考えていた頃とは違う。二人でいることをなかったことにしない。その選び方が、静かに背中を押してくる。 凛奈は進行表の端を握りしめ、うなずいた。 「隠すより、大事にしたい」 それはまだ震える声だったが、確かに自分の言葉だった。愛梨の表情がふっとやわらぐ。誰にも聞こえないほどの距離で、二人の呼吸だけが重なる。 体育館の明かりは少しずつ夕闇に溶けていく。けれどその中で、凛奈ははっきりと感じていた。噂の向こうに怯えるだけではなく、今ここで育てるものがあるのだと。手の中の進行表はまだ未完成で、舞台の小道具もすべて揃ったわけではない。それでも、隣に立つ愛梨を見たとき、隠れることより大切な答えが、静かに胸の奥で形を持ちはじめていた。
夕映えの図書室、手をつなぐまで
全年齢小説ID: cmnehanr2000001nalsutksi4
