エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

小説ID: cmnehy8w1000001pbdol94qp3

3章 / 全10

戸口の前で立ち止まったままでは、冷えた風に体力を削られる。先輩の合図で、僕らは順番に小屋へ滑り込んだ。扉を閉めた瞬間、外の白い轟きが少し遠のいて、代わりに濡れた衣類の匂いと木の乾いた匂いが鼻に残る。 「全員、中にいるな」 顧問の声に、僕らは思わず数を数え直した。 「一、二、三……七。いる」 「荷物もだ。誰か置き忘れてないか」 先輩が床に視線を落とす。壁際に荷を寄せ、ヘッドライトの明かりを互いの顔へ向けると、皆の頬は風に叩かれた色のまま硬かった。 「まず、濡れてるものを乾かそう」 「薪、あるかな」 「見てくる。勝手に外へは出るな」 顧問の言葉で、談話室の中が一斉に動き出す。僕はザックをほどき、雨具を広げ、先輩はロープや手袋を椅子の背に掛けた。誰かが窓の結露をぬぐうと、外の闇が一瞬だけ濃く見えた。 「……あれ」 後輩が声をひそめる。 「何?」 「部室の備品袋、開いてる」 僕も覗き込んだ。合宿前にまとめて入れたはずの紙束の中に、妙に薄い隙間がある。嫌な予感がして、先輩が中身をひっくり返した。 「地図の切れ端が一枚、ない」 空気が止まった。 「え、そんなのあったっけ」 「古い山域地図のコピーだよ。部室で封筒に一緒に入れたはずだ」 顧問が手を止める。 「紛失か?」 「いや……最初から数えても一枚足りない」 先輩の声は低かった。わざと落ち着かせているのが、かえって伝わってくる。 「誰か、途中で出した?」 「僕は触ってない」 「私も」 「俺じゃない」 互いの返事が重なるたび、談話室の空気が少しずつ狭くなる。荷物の肩紐、ポケット、濡れたジャケットの内側。皆が皆、他人のじゃないことを証明するみたいに確認し始めた。 「一度、落ち着け」 顧問が静かに言った。 「探すなら、順番だ。まず自分の荷物を見ろ。誰も見落とすな」 僕はザックの底を探り、替えの靴下の間まで指を入れる。ない。シャツの下も、救急袋の裏も、やはりない。 「ほんとにない……」 誰かが小さく息を呑んだ。先輩は備品袋を持ち上げ、封の切れ方をじっと見ている。 「これ、ただ紛れたんじゃないかもな」 「どういう意味ですか」 「誰かが抜いたなら、入れた場所を知ってたってことだ」 その言葉に、僕はさっき戸口で見た新しい足跡を思い出した。誰かが先にいた痕跡。引きずられたような細い跡。あれと、この地図の欠け方が、頭の中でゆっくり繋がっていく。 「まさか、ここに来る前から……」 言いかけたところで、誰かのポケットから乾いた紙が擦れる音がした。全員の視線が同じ方向へ向く。触れた本人は慌てて両手を上げた。 「違う、これは……」 そこにあるのが何であれ、今はまだ、誰も口にできなかった。

3章 / 全10

TOPへ