エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

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4章 / 全10

真白が破られた頁の跡に指をかけたとき、小屋の中の話し声は不自然なほど静まっていた。裸電球の下で見る紙の断面は、古い黄ばみの中にそこだけ新しい白さが混じっている。昔に破られたままなら、こんな色は残らない。誰かが今夜、わざわざそこを探し、触れたのだ。 「この記録、最近動かされてる」 真白が言うと、倉橋の肩がわずかに揺れた。けれど先に反応したのは蓮見だった。 「中身は見たのか」 「見えたのは頁番号だけです。でも、抜けてる場所がある。しかも北側の古地図が出てきたあとに、そこをいじった人がいる」 紺野が舌打ちまじりに息を吐く。 「じゃあ決まりだろ。最初からここに何かあるのを知ってた奴がいる」 視線は蓮見と倉橋へ集まる。相沢たちも固い顔で黙っていた。吹きつける風に壁板が鳴り、誰かの喉が小さく鳴る音まで聞こえた。 真白は記録ノートを閉じず、頁の余白に残る鉛筆の薄い擦れを見た。破られた紙の次の頁に、押しつけた文字の跡だけがかすかに残っている。斜めから光を当てると、いくつかの言葉が浮いた。北面、巻き道、視界不良。そこまで読めたところで、市原が身を乗り出した。 「それ、去年の春の記録かもしれない」 皆が彼女を見る。市原は迷った末に口を開いた。 「うちの部で聞いたことがあるんです。この山の北面で、昔、合同練習の下見に入った学生が道を外しかけたって。記録は残ってないことになってたけど」 合同練習。その言葉に、倉橋の目が閉じた。蓮見は拳を膝の上で握り込む。真白の中で点が線になりかける。別の大学、古い巻き道、隠された地図、そして消された記録。全部がこの小屋の外、北側へ向いていた。 「見つけてほしくないのに、完全には消していないんですね」 真白は静かに言った。 「地図は床下に隠すほどでもなく、ランタンは見つかる場所にあった。計画書の上書きも雑だった。誰かを陥れるなら中途半端すぎる。むしろ、行き先を変えたいとか、夜のうちに北側へ近づかせたくないとか、そういう目的に見えます」 相沢がはっとした顔をした。 「計画書の宿泊地が書き換えられてたのは、最初の予定だと別の避難小屋だったからか」 「こっちへ来る可能性を残したかった、ってことかもしれない」 由良が呟く。 紺野はなおも険しい顔のままだったが、怒りの向きが少し変わったように見えた。 「じゃあ何のために。こんな回りくどいことをしてまで」 答えはまだ出ない。けれど真白は、倉橋と蓮見が隠しているのは自分を守るためだけではないと感じていた。罪悪感に似た硬さと、何かを確かめようとする焦りが、その沈黙には混じっている。 そのとき、野添が急に立ち上がった。皆が振り向く。彼は青ざめた顔で裏口の方を見ていた。 「さっきから音がするんです。風じゃない。外で、何かが板を引っかくみたいな」 全員が耳を澄ます。吹雪の唸りの隙間に、確かに規則的な、乾いた擦過音が混じっていた。北側の壁の向こうからだ。真白は古地図の丸印を思い出す。小屋のすぐ裏手、使われなくなった巻き道の先に何かある。そして、その存在を知る誰かが、今夜ここへ人を寄せ、同時に近づけまいとしている。 倉橋がとうとう立ち上がった。観念したような顔で、記録ノートを真白の手から受け取る。 「朝まで待つつもりだったが、それでは遅いかもしれん」 低い声は、顧問としての命令より、一人の当事者の告白の前触れに近かった。小屋の全員が息を潜める中、真白は自分たちの山行が、天候だけでここへ追い込まれたのではないと確信した。長く雪の下に埋もれていた何かが、今夜ようやく、外からも内側からも戸を叩き始めていた。

4章 / 全10

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