エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

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5章 / 全10

倉橋は記録ノートを胸の前で開いたまま、しばらく口を閉ざしていた。吹雪が壁を揺らすたび、裸電球の影がその顔を年相応より深く刻む。やがて彼は、破られた頁の前後をそっと撫でた。 「十年前、この山で大学合同の下見があった。北の巻き道を使う案が出て、私も同行した」 小屋の空気が凍る。真白は倉橋の言葉を遮らず、代わりに蓮見の横顔を見た。驚きより、来るべきものが来たという顔だった。 「視界が悪くなり、撤退の判断が遅れた。滑落者は出なかったが、一人が雪庇の崩れに巻き込まれかけた。助かったが、救助要請寸前だった。大会前の時期で、各大学とも騒ぎを大きくしたくなかった。結局、正式な遭難記録にはしなかった」 相沢が息を呑む。市原は唇を引き結び、野添は俯いた。真白はそこで、彼ら三人がただの偶然の先客ではないと察した。特に野添は、さっきから何度も裏口を気にしている。 「隠したんですか」 紺野の声は責めるというより、呆れに近かった。 倉橋は否定しなかった。 「隠した。私も、当時の学生たちもだ」 沈黙を破ったのは蓮見だった。 「去年、そのことを知りました」 全員の視線が集まる。蓮見は膝の上で組んだ手を見たまま続けた。 「倉橋先生の研究室の古い資料に、この小屋の記録の控えが挟まっていた。破られた頁の写しです。去年の大会で俺が判断を誤ったあと、読んだ。似ていたからです。無理を押し通して、全体を危うくする感じが」 真白の胸で、さらに線がつながった。蓮見が北側の巻き道を知っていたこと。倉橋が古地図を見た瞬間に顔色を変えたこと。だが、それだけでは計画書の上書きやランタンの隠し方の雑さまでは説明できない。 「でも、先生と蓮見先輩だけじゃない」 真白は言った。 「見つけてほしい人が別にいる。記録を消したままにしたくなくて、でも正面から告発もできない人」 野添の肩が大きく跳ねた。相沢が目を見開く。市原は、諦めたように細く息を吐いた。 「野添さん、あなたは最初からこの小屋を知っていた。古地図も、裏口の位置も。ランタンの芯を抜いたのは、夜に北側へ誰かが出ないようにするため。計画書の宿泊地を書き換えたのは、ここへ来てもらうため。でも本当に知らせたかったのは、北側にあるものですね」 野添は両手で顔を覆い、かすれた声を漏らした。 「祖父が……その下見の参加者でした」 誰も動かなかった。野添は指の隙間から続ける。 「助かったのは祖父です。巻き込まれかけた本人だった。なのに、その後ずっと、自分だけが無理を言って北面へ寄ったせいだって気にしてた。記録が消されたことも、先生たちを恨むより、自分のせいで皆に隠させたって苦しんでた」 吹雪の向こうで、また乾いた擦過音が鳴る。野添は顔を上げた。 「祖父は去年亡くなる前に言いました。巻き道の脇に、自分が埋めた目印があるって。注意喚起のつもりで、赤い金属板を岩に打ったのに、そのまま誰にも伝わらなかったって。雪が浅い年なら見えるはずだって」 真白は古地図の丸印を思い出した。誰かを陥れるためではない。隠された失敗を伏せたままにしたくない、けれど当事者を一方的に断罪したいわけでもない。だから野添は、皆が辿れる形でここへ導き、同時に夜の危険だけは避けようとしたのだ。 倉橋は深く頭を垂れた。蓮見も目を閉じる。小屋の中にいた全員が、外の吹雪とは別の、長い間閉ざされていた白さの前に立たされていた。

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