エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

小説ID: cmnehy8w1000001pbdol94qp3

5章 / 全10

物置で見つけた小さな印が頭から離れないまま、僕らは食糧庫へ移った。扉を開けると、缶詰と乾物の匂いに混じって、冷えた木のにおいが鼻をくすぐる。懐中電灯の光が床をなぞるたび、誰かの靴底が残した細かな擦れまで浮かび上がった。 「地図のこと、もう一度見直そう」 先輩が低く言う。声を張らないのに、妙に場を引き締める。 「さっきの足跡と、物置の記録。繋がってる気がする」 「でも、ただの偶然じゃ」 誰かが言いかけたところで、顧問が床の隅にしゃがみ込んだ。 「待て。ここだ」 「え?」 顧問は指先で、板の継ぎ目の少し先を示した。よく見れば、床板の目に紛れるような、小さな刻みがある。丸でも線でもない、矢印にも似た、妙に整った印だった。 「これ……落書きですか」 「いや」 顧問の声がわずかに硬くなる。 「落書きなら、こんな位置には残さない。これは合図だ。古い登山道で使われたものに近い」 その言葉に、僕は息を呑んだ。物置で見た爪先の印と、戸口の引きずられた跡が、頭の中で一列に並ぶ。 「古い道の、合図……」 後輩が小さく繰り返す。 「じゃあ、誰かがわざと残したってことですか」 「少なくとも、ここを知っている誰かはいた」 先輩が床の印を見下ろしたまま言った。 「外から迷い込んだだけじゃ、こんなのわからない」 僕は食糧庫の隅に積まれた箱へ目を向けた。何もないはずの場所が、急に秘密の入口みたいに見えてくる。 「じゃあ、先にいた人は……」 言葉が途中で止まる。あの新しい足跡。引きずられた細い跡。壁の裏の記録。遭難者のメモ。全部が別々の出来事じゃなく、一本の糸で結ばれている気がした。 顧問が立ち上がる。 「まだ断定はできない。だが、ここに来た誰かが、山小屋の記録を知っていた可能性はある」 「記録を知ってて、足跡を残して、地図まで……?」 僕の声が少しかすれる。誰かがわざと隠したのだとしたら、ただの悪戯では済まない。 先輩は印の上に指を置き、すぐに離した。 「消えた地図の一部も、たぶん同じ線の上にある」 「線?」 「この小屋に、まだ何かあるってことだよ」 その一言で、僕らは互いの顔を見た。疑いはまだ消えない。けれど、ばらばらだった痕跡が、少しずつひとつの形になり始めていた。 食糧庫の床に残る小さな合図は、ただの傷ではない。山の古い呼び声みたいに、ここにいたはずの誰かの気配を静かに指し示していた。

5章 / 全10

TOPへ