僕は寝袋から出た瞬間の冷たさに肩をすくめた。眠気はまだ残っているのに、胸の奥だけが妙に冴えている。先輩に促されるまま軒下へ出ると、屋根の端から落ちる雫が細い音を立てていた。 「ここで広げよう」 先輩が折り畳まれた地図の断片を開く。薄い紙は夜の湿り気を吸って、少し波打っていた。僕は反対側を押さえながら、息を止める。 「……これ、普通の登山道じゃない」 印刷された線は、整ったルート図ではなかった。人が普段たどる道を外れ、古い道筋へと入り込み、途中で崩れた場所を避けるように曲がっている。さらに、見慣れない印が山小屋の背後へ伸びていた。 「旧道か」 先輩の声が低くなる。 「それと、ここ。崩落地点だ」 顧問が近づき、濡れた眼鏡の奥で紙面を見つめた。 「そして、この印は……小屋裏の岩壁を示しているな」 僕は思わず顔を上げた。昨夜まで、地図の切れ端が隠されていたことばかり考えていた。でも今、線をつなげてみると、誰かが案内していたのは危ない場所そのものじゃない。そこに何が残っているかを、こちらに伝えようとしているみたいだった。 「隠したんじゃなくて、示した?」 後輩が小さくつぶやく。 「じゃあ、消されたんじゃなくて、守られてたのか」 その言葉に、先輩がわずかに目を細める。 「事故現場の真相を、ってことだろうな」 僕は紙の端を指でなぞった。旧道、崩落地点、小屋裏の岩壁。どれも不安を煽る印に見えたはずなのに、今はむしろ、ここで何が起きたのかを丁寧に語っている案内図に見える。 「これを見せたかった人は、危険へ誘ったんじゃない」 僕がそう言うと、顧問は静かにうなずいた。 「事故を繰り返させないためだろう」 風が軒下を抜け、紙がかすかに震えた。地図の上の線は、まだ途中で途切れている。それでも、ただの紛失だったはずの一枚が、今はまるで、長く隠されていた山の記憶そのものになっていた。 先輩が紙を押さえたまま、山小屋の裏手を見た。 「行く前に、もう少し整理しよう。これで終わりじゃない」 僕も視線を落とす。真相に近づいたはずなのに、胸のざわめきはむしろ強くなっていた。
吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける
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