エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

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7章 / 全10

真白は壁際へ寄り、北側の板壁に耳を当てた。乾いた擦過音は、一定の間を置いて続いている。吹きだまりに埋もれた何かが、風に押されて小屋を叩いているのだろう。だが音の高さが少しずつ下がっていることに気づき、真白は振り返った。 「外れて流れてるだけじゃない。雪の上を引きずられてる」 蓮見がすぐに古地図を広げた。丸印のひとつは小屋の真裏、もうひとつは下方の曲がり角。真白は指先で二点を結ぶ。 「もし目印の板が真裏に打ってあって、それが外れたなら、風向きだと下へ流れるはずです。でも音は壁の横をなぞってる。小屋の裏に、何か細長いものが雪の圧でずれてきてる」 倉橋がはっと顔を上げた。 「固定ロープか」 野添が青ざめる。祖父の残した話の断片が、今になって具体的な危険として立ち上がった。古いロープが岩や枝に引っかかり、吹雪で張ったり緩んだりしている。その先に赤い板が付いていれば、壁を叩く音も説明がつく。 真白はさらに記録ノートの余白を見た。薄い筆圧の跡に、巻き道の文字の下でかすかに読める一行がある。光を斜めに当てると、避難目印、と浮かんだ。危険表示ではない。もともとそれは、悪天候時に近づくなという印ではなく、視界不良のとき巻き道へ入り込まないための境だったのだ。 「誰かを責めるための隠し方じゃなかったんです」 真白は静かに言った。 「十年前、失敗そのものを隠した。でも同時に、せめて現地には目印を残した。野添さんのお祖父さんは自分の過ちを消したかったんじゃない。記録にはできなくても、次の人が迷わないように知らせようとした。それを伝えきれないまま時間だけ経って、先生は記録を伏せた責任を抱えたまま、蓮見先輩は去年の判断ミスを重ねてしまった。だから今回、ここへ来る流れが誰かに誘導されたみたいに見えたんです。実際は、隠した過去と知らせたい意図が、別々の人の手で半端に残った」 紺野が唇を噛んだ。 「じゃあ、計画書を書き換えたのは」 「俺です」 蓮見が答えた。 全員が息をのむ。蓮見は真白を見ず、壁の染みに視線を置いたまま続けた。 「この小屋に来れば、先生はもう黙っていられないと思った。去年からずっと、聞かなかったことにできなかった。でも正面から問いただす勇気もなかった。だから宿泊地だけを変えた。古地図を持ち出したのは、先生の口を開かせるためだ」 倉橋は深く目を伏せた。 「卑怯だったのは私だけではなかった、ということか」 「違います」 と真白は首を振った。 「卑怯さだけじゃない。皆、止めたかったんです。同じことを」 野添は声を震わせた。 「僕もです。祖父の名誉を守りたくて、でもこのままじゃ危ないと思って」 相沢が小さくうなずき、市原は黙って古地図を押さえた。ばらばらに見えた行動の向きが、ようやく一つの尾根に収束していく。誰かを困らせるための夜ではない。言えなかったことを、言わざるをえなくするための吹雪だった。 外ではなお壁を擦る音が続いていた。真白はその音を聞きながら、夜明けのあとにやるべきことを胸の中で並べた。赤い板と残置ロープの確認。破られた記録の内容の復元。そして全員の前で、隠された失敗が悪意ではなく、未熟な責任感から生まれた歪みだったと示すこと。長い夜の中心で、ようやく本当の朝の形が見え始めていた。

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