エラベノベル堂

緞帳の向こう、翠の喝采

全年齢

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3章 / 全10

翌朝の理科準備室は、まだ人の少ない時間のせいで、洗剤とアルコールの匂いがやけにくっきりしていた。棚には試薬瓶が整然と並び、窓際の白い台の上に、昨日の試作品が色ごとに小さな容器へ分けて置かれている。 「見た目は静かだけど、油断すると増えそうだよな」 優希が言うと、瑠菜はゴム手袋の指先で容器のふたを軽く押さえた。 「だから、まず性質を見直すの。反応しやすい条件が何か、ちゃんと確かめないと」 「音に合わせて動くのは分かったけど、増えるきっかけがどこにあるのか、まだ曖昧なんだよな」 「曖昧だからこそ、危ない」 瑠菜の声は落ち着いていたが、目は真剣だった。二人は机の上に紙を広げ、試した音の強さや盤の揺れ方を書き込み直す。優希はペンを走らせながら、何度も容器を見比べた。 「抑えられるなら、抑制剤みたいなのが要るか」 「そんなもの、学校にあるの?」 「あると助かる。なければ、似た働きをするものを探すしかない」 「似た働き、ね」 瑠菜は少し考えてから、棚の下段を開けた。清掃用具の並ぶ奥、使いかけのラベルが貼られた小瓶や、実験で余った吸着材がいくつか転がっている。 「直接止めるんじゃなくて、動きすぎないように整える方法ならありそう」 「お、そういう発想好き」 「優希が暴走しやすいから慣れてるだけ」 「言い返せないのが腹立つ」 そのとき、扉の向こうから控えめな足音がして、準備室のすりガラスに人影が止まった。次いでノックが一つ。 「失礼。巡回に来た」 扉を開けて入ってきた彰吾は、腕に点検表を挟んだまま、机の上の容器を一瞥した。 「文化祭の準備、順調そうだな」 「まあ、順調ではあります」 優希が胸を張ると、彰吾は穏やかに笑った。 「順調に見えるときほど、校内のルールは大事だ。準備室では数量、移動、保管場所を守ること。見せる工夫はいいが、勝手に広がるものは管理を先に考えろ」 瑠菜が小さくうなずく。 「はい。増えすぎない方法を探しています」 「それがいい」 彰吾は机に視線を戻し、少しだけ声を落とした。 「面白い企画ほど、見せたい気持ちが先に立つ。だが、守るべき線を越えると、楽しさは一気に不安になる。文化祭は成功させたい。だからこそ、今のうちに危うさを見ておけ」 優希は喉の奥を鳴らした。 「……分かってます。ちょっと、いや、かなり危なっかしいかもって」 「自覚があるなら十分だ」 彰吾はそれだけ言って、点検表に印を付けると扉へ向かった。 準備室に静けさが戻る。 瑠菜は容器の列を見つめ、さっきより低い声で言った。 「文化祭、楽しいだけじゃだめなんだね」 「うん。ちゃんと楽しいって、案外むずかしい」 優希は笑ったが、その笑いは少しだけ乾いていた。 「でもさ、今の助言で、逆に燃えてきた。危ないなら、なおさら安全にしてやる」 「その意気込みは嫌いじゃない」 瑠菜は吸着材の袋を手に取り、しばらく眺めたあと、ふっと息を吐いた。 「じゃあ次は、抑えるための条件を一つずつ洗い出そう。増やすんじゃなくて、整える。そこから始める」 優希はうなずき、机の上の試作品を見た。小瓶の中で、色の違う粒がゆっくりと揺れている。さっきまで可愛いだけに見えていたそれが、今は少しだけ、こちらの出方を測っているようにも思えた。

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