エラベノベル堂

緞帳の向こう、翠の喝采

全年齢

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5章 / 全10

放課後の体育館脇は、使い終わった床ワックスの匂いと、金属柵を運ぶ車輪のきしみが混じっていた。優希は搬入口の前で、用紙を片手に職員室へ向けて頭を下げる。 「展示パネルと階段用の安全柵、少しの時間だけ借りたいんです。文化祭の準備で」 「また面白そうなことを考えた顔してるわね」 返ってきた声に、優希は苦笑した。相手は書類をめくりながらも、こちらの勢いを止める気はないらしい。必要な使用時間と返却の順番を説明すると、やがて許可の印が押された。 「ありがとう。これで見せ方の土台が作れる」 「土台より先に安全を作るのよ」 背後で瑠菜が小さくうなずく。 「はい。柵があるだけで、だいぶ違います」 搬入口の隅に置いた箱の中では、試作品が小さく揺れていた。瑠菜はふたを少しだけずらし、数を数えるみたいに目を細める。 「今日は増やさない。展示に必要な分だけにする」 「分かってる。だけど、こいつら、見せ場を分かってそうなんだよな」 優希が箱をのぞいた瞬間、ひときわ色の濃い一体が、ぴくりと体を震わせた。次いで、さっき中庭で拾ったのとよく似た、軽い拍の音を真似るような跳ね方をする。 ぽん、ぽん、と。 それはまるで合図だった。箱の中のほかの個体が、同じ間合いで反応を返し、ひとつ、またひとつと輪郭を増したように見えた。 「待って、今の……」 瑠菜が箱の縁を押さえる。 「増殖の前触れかもしれない」 優希は息を止め、すぐに首を振った。 「いや、まだ断定しない。音を真似しただけかも。でも、条件は見えた」 「条件?」 「増やすほうに寄る音と、見せるほうに寄る音があるのかもしれない」 瑠菜は箱の中の揺れを見つめたまま、静かに言った。 「じゃあ、私たちはどっちを選ぶの」 優希は、安全柵の束と展示パネルを交互に見た。守るための囲いと、見せるための板。そのどちらも、同じ展示の一部だ。 「増やすのは、数じゃなくて期待にしたい」 「でも、期待だけだと危ない」 「だから、見せる。見せながら、増えない形にする」 瑠菜は少しだけ目を伏せ、それから箱のふたを元に戻した。 「境界、だね」 「うん。増やすことと、見せること」 搬入口の向こうで、誰かが体育館の扉を閉める音がした。夕方の空気は少し冷たく、箱の中の小さな気配だけがやけに熱っぽい。 優希は安全柵の一本を抱え直し、いつもより真剣な声で言った。 「次は、その境界をちゃんと形にする。見て楽しくて、でも増えすぎないように」 瑠菜はうなずき、箱の中でなおも細かく揺れる一体を見つめた。 「……あの子、まだ何か言いたそう」 その言葉に、優希も箱へ目を落とす。ふた越しに伝わる小さな震えは、まるで次の拍を待つ指先みたいだった。

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