拍手は、終幕の音が消えてもしばらく鳴りやまなかった。明彩堂の古い壁や天井にぶつかって幾重にも返るその響きは、まるで劇場そのものが笑いながら手を打っているようだった。袖へ下がった座員たちは、息を切らし、化粧を汗でにじませ、衣裳の裾に半透明の小道具をいくつもくっつけたまま、しばし互いの顔を見合った。何が起きたのか理解するより先に、また客席から大きな手が起こる。現実だとわかった瞬間、誰かが吹き出し、誰かがその場にしゃがみこんだ。張りつめていたものが、一気にほどけたのだった。 レオは胸で大きく息をしながら、まだ舞台の中央を見ていた。さっきまで洪水のようにうねっていた光景の残りが、照明の熱にきらきらと揺れている。志乃が駆け寄ってきて、 「無事ですか」 と聞くと、彼はようやく我に返ったように笑った。 「無事に見えるか」 「見えません。でも、すごかったです」 その答えに、レオは肩を震わせた。笑っているのか、まだ高ぶりが抜けないのか、自分でもわかっていない顔だった。 そこへ湊が、すみませんとほとんど反射で言いながら近づいてくる。顔は青いままなのに、目だけが妙に冴えていた。 「逃がし口の計算、読み違えました。熱で膨張率が上がって、送風も食い合って」 言いながら、彼は自分の失敗を数式みたいに並べていく。志乃は思わずその袖を引いた。 「今は反省会じゃないです」 けれどレオは湊の前まで歩き、少しだけ眉を上げた。 「いや、今だから言う。よく持ち直した」 湊がきょとんとする。 「止めようとしなかっただろ。あれ以上暴れないよう押さえつつ、音楽に合わせた。あれがなきゃただの事故だった」 湊は返す言葉を失い、やがて小さくうつむいた。 「……ありがとうございます」 その声は、いつもの遠慮がちな調子より、少しだけ深かった。 再びカーテンコールの呼び出しがかかる。志乃は反射的に座員を並べようとして、途中で手を止めた。誰もかも衣裳も髪も乱れ、舞台の予定図どおりの形には戻せない。だがレオがその迷いに気づいたように、 「そのままで出よう」 と言う。 「今夜の客は、きれいに整った絵じゃなく、あれを見たんだ」 座員たちは顔を見合わせ、それから次々に笑い出した。裾に光る塊をぶら下げたままの娘役も、羽根を一本失くした男役も、そのまま前へ出る。 緞帳の前へ並ぶと、客席の熱がまともに押し寄せてきた。歓声まで混じっている。レオは一歩前に出て礼をし、それから後ろを振り返った。志乃と湊は袖に残るつもりでいたのに、彼は当然のように手を伸ばす。 「来い。今日の主役は僕だけじゃない」 ためらう間もなく二人は引っぱり出され、眩しい明かりの中へ立たされた。客席の拍手がさらに大きくなる。志乃は思わず目を細め、湊は信じられないものでも見るように瞬きを繰り返した。 深く礼をしたあと、レオは小さな声で言った。 「伝説って、たぶんこういうのだな」 志乃は笑いながらうなずき、湊は舞台いっぱいに残るきらめきを見渡した。失敗すれすれどころか、ほとんど失敗そのものだったはずなのに、それを抱えたまま走りきったからこそ届いた景色があった。明彩堂の初日、誰も予定しなかったスライムの洪水は、きっと明日から語られる。あの舞台は崩れたのではなく、あの瞬間に本当の形になったのだと。
緞帳の向こう、翠の喝采
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