「じゃあ、今度はこっちだ」 優希はメガホンを握り直し、渡り廊下の先に広がる人のざわめきを見据えた。講堂へ続くその通路は、午後の日差しが窓に反射して白く眩しい。青や緑の小さな波が足元を流れ、曲がり角ごとに笑い声へ引っ張られている。 「本当にそれでいけるの?」 瑠菜が息を整えながら問う。 「いけるかは分からない。けど、ただ追い回すよりはましだ」 優希はメガホンを口元に当てた。けれど、そこで叫ぶのではなく、短く区切った合図を落とす。高く、低く、少し間を置いて。 すると先頭の一体が、ぴくりと反応した。今までの曲とは違う流れに、興味を引かれたらしい。 「よし、見たか。こっちを向け」 「優希、煽ってるみたいに聞こえる」 「実際、煽ってる」 瑠菜が呆れた声を漏らすより早く、列の前半が楽しげに跳ねた。止まるどころか、むしろ競争するみたいに速度を上げる。 「ちょっと、待って、速い!」 「だろうな!」 優希は苦笑しつつ、今度は合図を長く引き延ばした。すると、先頭が一瞬だけ間を取り、まるでこちらの出方を試すように首を傾げる。 その直後だった。 階段の手前にいた一体が、軽やかにぽんと跳ね上がった。床を蹴った小さな弾みは、まるで自分から拍を刻むみたいに鮮やかで、後ろの個体たちがそれに気づいた瞬間、一斉に流れ出す。 「うわっ、連鎖した!」 「先頭が合図になってる……!」 瑠菜の声が少し上ずる。優希はメガホンを持つ手に力を込めたが、もう遅い。跳ね上がった先頭の勢いが、そのまま後続へ伝わり、列は廊下の傾きに吸い寄せられるように滑っていく。 しかも、止めようとするほど、こちらの動きが新しい見世物になってしまう。 「優希、次の合図は?」 「考えてる。けど、今のは面白がられたな」 「面白がられるのは、作戦としてまずいでしょ」 「最悪だな。こいつら、こっちの真剣さまで遊びに変えてくる」 先頭の一体がもう一度弾み、後ろの列が波みたいにうねる。渡り廊下の先で、階段の段差が黒く口を開けた。その手前で、優希はメガホンを構え直し、次の一手を探すように息をのんだ。 瑠菜も隣で身構える。 「……このままだと、流れ込む」 「分かってる」 優希は短く答え、跳ね続ける列を見つめた。面白がるほど加速する進行に、まだ別の抜け道があるのか。それとも、もう一度だけ賭けるしかないのか。 階段の手前で跳ねた先頭は、まるでこちらの迷いを見透かすように、きらりと光っていた。
緞帳の向こう、翠の喝采
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