エラベノベル堂

白衣の朝、月影は街を診る

全年齢

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5章 / 全10

病院の警備室は、外の騒がしさが嘘みたいに静かだった。モニターに並ぶ映像の中で、駐車場だけがやけに広く見える。綾香はその前に立ち、椅子の背に指先を添えたまま、画面の端を見逃さないように目を細めていた。 「……こっちね」 低い声は、昼間のやわらかさとは違う。白衣ではなく動きやすい上着のまま、彼女は監視カメラの切れ目を確かめるように通路を移動した。映像が一瞬だけ揺れ、その隙に駐車場の柱の陰へ身体を滑り込ませる。 そこで、ひとりの人影が不自然に足を止めた。顔は見えない。だが、書類らしき薄い束を抱えた手つきだけが妙に慎重で、誰かに見られる前に済ませたい焦りが滲んでいる。 「逃がさない」 綾香は柱越しに視線を送り、足音を殺して距離を詰めた。相手が次の角を曲がる瞬間を狙い、背後の死角へ回り込む。駐車場の照明が白く滲むたび、影が切り替わる。その切れ目の中で、彼女はひらりと手を伸ばし、相手が落とした封筒を拾い上げた。 中にあったのは、不正を示す書類の写しだった。雑に複写されたはずなのに、重要な箇所だけがくっきり残っている。 「これで十分」 そう呟いた瞬間、背後で小さな息を呑む気配がした。 「……綾香先生?」 振り向くと、駐車場の入口付近に昭太が立っていた。手にした端末を半分上げたまま、目の前の光景を信じられないという顔で見ている。 「今の、見ました……?」 綾香は一拍だけ目を伏せ、それから薄く笑った。昼の顔に戻るのは早かったが、声の底にはまだ夜の冷静さが残っていた。 「見たのは忘れて」 「忘れられませんよ。先生、今……」 「昭太くん」 名前を呼ばれてぴたりと口を閉じた。綾香は封筒の中身を上着の内側へしまい、真っ直ぐ彼を見た。 「昼の私は何も知らない。だから口を合わせて」 「口を、合わせる……って」 「そう。見たことも、聞いたことも、今はまだないことにして」 昭太は困ったように眉を寄せたまま、それでも視線を逸らさなかった。何かを言いかけて、飲み込む。駐車場の風が二人の間を抜けていき、モニターの低い唸りだけが静かに続いた。 綾香は一度だけ頷き、何事もなかったように歩き出す。 「お願い。今は、それで」 昭太は返事をできずにいたが、その沈黙が答えになる。彼の目に映る綾香は、確かに昼間の優しい女医のはずなのに、今だけはまるで別の人だった。彼は封筒をしまった彼女の背中を見送りながら、初めて自分の知らない綾香の輪郭を、はっきりと意識した。

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