エラベノベル堂

雲上の塔、心を灯す結晶

全年齢

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3章 / 全10

翌朝、空中市場の鐘がまだ低く眠たげに鳴っているうちに、リナたちは出発した。夜のあいだに整えた機体は、傷こそ増えていたが、むしろ旅の癖を覚えた生きもののように軽く震えている。港の上空には朝靄が薄く漂い、その向こうを青い機体がすでに小さく進んでいた。 「やっぱり先に行かれた」 リナが唇をかむと、トオルは計器をのぞき込んだまま言った。 「まだ追いつける。けど、無茶をしたら昨日みたいに羽根がもたない」 「追うなら、風を読むしかないね」 ユノは市場の塔に吊られた吹き流しと、遠くの雲の縁を見比べていた。 「北東から高い風が降りてくる。たぶん正面から行くより、少し回り込んだほうが速い」 三人はうなずき合い、青い機体のあとをただ追うのではなく、自分たちの道を選んだ。 町を離れると、景色はまた険しく変わった。今度は空に浮かぶ岩棚が段々に連なり、そのあいだを細い風の川が走っている。地図の断片に浮かんだ新しい線は、岩棚の影をつなぐように曲がっていた。リナは線を指でなぞる。 「これ、ただの道じゃない。影の順番を見ろってことかも」 岩の影は、朝日を受けて長さを変えていく。ユノがすぐに気づいた。 「いちばん長い影、次に途切れた影、その次が二つに割れた影。並び方が地図と同じ」 トオルは機体をその順に滑らせた。すると最後の岩棚の裏に、風に隠されるように小さな回廊が現れた。見つけたのは彼らだけではなかった。前方で青い機体も同じ場所へ入り込もうとしている。だが勢いを優先したせいか、狭い風道で機体が大きく傾いた。 金属の軋む音が空にひびき、青い機体の側翼から火花が散る。 「ぶつかる!」 反射的にリナが叫んだ。次の瞬間には、宝物も競争も頭から消えていた。 「トオル、近づけて! ユノ、風の安定してる場所!」 「右上に薄い流れ、三秒だけ持つ!」 「了解!」 トオルが舵を切り、二つの機体は危うい距離で並んだ。リナは身を乗り出し、揺れる相手の甲板へ補助ロープを投げる。先頭の青年は悔しそうに眉を寄せながらも、それをつかんだ。二機はしばらく風にあらがう鳥のようにもつれ、やがて回廊の手前の広い岩棚へと降り立った。 青い機体の青年は息を整えると、リナたちを見た。 「助けるのか。追い抜く好機だっただろ」 リナは肩で息をしながら答えた。 「落ちたら終わりだから。それに、宝物って、そんなことで曇るものなら嫌だよ」 青年は何か言い返しかけて、やめた。その視線の先で、壊れた側翼を見たトオルが無言で工具を差し出している。ユノは回廊の奥へ目を向けた。 「先はまだ長いよ。でも、ここから先は急ぐだけじゃ進めない気がする」 岩棚の向こう、雲の切れ間に、細く古びた塔の影が一瞬だけのぞいた。それは空の上に置き忘れられた記憶のように静かで、けれど確かに彼らを呼んでいた。競争の熱を残したまま、リナの胸には別の灯りが育ち始めていた。勝つためだけでは届かない場所が、もうすぐそこにあるのだと、朝の光がそっと教えていた。

3章 / 全10

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