エラベノベル堂

零度の街で、まだ名のない鼓動

全年齢

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6章 / 全10

地下の集会室へ通う人は、更新が進むほど少しずつ増えた。精査通知を受けた者、数値の偏りを理由に部署を外された者、家族との会話まで記録されることに耐えられなくなった者。誰もが別々の場所でつまずいたはずなのに、語り始めると同じ壁の形をしていた。感情を見えるようにしたはずの仕組みが、見えやすいものだけを本物として扱っていたのだ。蓮は黙ってその声を聞きながら、自分の0もまた、その壁に押しつけられた跡なのだと知っていった。 会の世話役をしている初老の女性が、ある夜、古い端末を机に置いた。中枢システムの初期仕様が残っているという。今のように進学や就職へ直結させる前、研究段階では例外値を異常として排除しない方針だったらしい。そこには、標準尺度外の反応は欠陥ではなく、新しい受容形式の可能性を含むと記されていた。 真琴はその文を指先でなぞり、長く息を吐いた。 最初は、切り捨てるつもりじゃなかったんですね 途中で便利なほうへ寄ったんでしょう、と世話役は言った。人は分類できると信じたいから 蓮は画面を見つめたまま、妙な感覚に襲われていた。胸の奥で昔から鳴っていた音に、ようやく名前の輪郭が与えられた気がした。自分は足りないのではなく、狭い器に収まらなかっただけなのかもしれない。そう思った瞬間、これまで受けてきた視線の冷たさが、少し違う重さに変わった。傷は消えない。だが、傷ついた理由を他人の物差しだけで説明されずに済む。 その帰り、真琴は歩道橋の上で立ち止まった。車の列が光の川みたいに流れ、広告塔には更新版アプリの標語が浮かんでいる。より正確に、より公平に。その文字を見上げながら、真琴は小さく笑った。 公平って、誰にとってなんでしょうね 蓮は答えず、隣に立った。真琴の端末は、今日は補正を切ったままだった。不安も、怒りも、迷いも、ばらばらな色で揺れている。以前の彼女なら恥じただろう乱れ方だったが、今はむしろ、その不揃いさが息をしている証拠に見えた。 私、ずっと数字に好かれるために生きてきました 真琴の声は夜風にまぎれそうなほど静かだった。 でも、本当は誰かに分かってほしかったんじゃなくて、嫌われない形に自分を削ってただけだった。もう、それを続けたくないです 蓮は彼女の横顔を見た。整っていない表情だった。怖さも、悔しさも、覚悟も混じっている。だからこそ目を離せなかった。 じゃあ、やめましょう 簡単に言いますね 難しいです。でも、やめたいって思った時点で、もう前とは違う 真琴は少し黙り、それからまっすぐうなずいた。街の上を走る風が、二人のあいだを抜けていく。蓮の画面には相変わらず0が光っていた。けれどその数字は、もう空白ではなかった。測れないまま、確かに誰かと響き合っている。その事実だけで十分だと、今は思えた。 数値の外へ追いやられてきた声を集めれば、きっと小さくても形になる。真琴は端末を胸の前で握りしめ、広告塔から目をそらした。 次は、隠れないで話します 蓮も、同じ光景の先を見た。管理された街は何も変わっていない。それでも、変わり始めるとしたら、こういう夜からなのだと信じられた。

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