エラベノベル堂

灰にひそむ香譜、宵の記憶を継ぐ

全年齢

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7章 / 全10

だが、その場で口を開いたのは清胤ではなかった。 上座のさらに奥、これまでただの後見役として控えていた老年の武家が、扇を閉じてゆっくり身を起こした。会場の空気が別の意味で張る。香術師たちの名声は町人の評判だけで成り立つものではない。誰が庇護し、どこへ品が流れ、どの家がそれを良しとするか。その背にある力まで含めて、この世界は保たれている。 「よく調べた」 低い声だった。責める響きではなく、値踏みする響きでもない。透真は男の顔を見た。宗玄の葬いの日、遠目に一度だけ見た覚えがある。香を愛でるというより、香術師同士の均衡そのものを眺める立場の人間だ。 清胤が初めて視線を落とした。そのわずかな動きだけで、透真は悟る。この男は首魁でありながら、唯一の主ではない。清胤は技と名望で場を動かしたが、その先で利を束ねていた手が別にあったのだ。 老武家は続けた。 「篠崎宗玄も、同じところまで辿り着いた。ゆえに私はあの者に、騒ぎを起こすなと伝えた」 座がどよめく。透真の喉の奥がひりついた。 「では、師匠は」 「病だ。だが失望は、病を早める」 その言葉は刃より鈍く、深く入った。殺めたのではない。黙らせ、孤立させ、道を奪った。宗玄はその中でなお証を残したのだ。 清胤がようやく口を開いた。 「私は守ろうとしただけだ」 声には初めて掠れがあった。 「香術師が増えすぎれば、粗悪な香木が溢れ、名だけを追う者が道を荒らす。流れを絞り、評判を選り分けねば、技は市井の見世物に落ちる」 「だから値も真贋も人為で決めたのか」 玲甫が鋭く返す。 清胤は否まなかった。 「良きものが残るようにした」 「違う」 透真は言った。 「残したのは、都合のよいものだけだ」 鼻では何もわからない。それでも今、座の空気が変わったのは見えた。称賛と畏れで支えられていた清胤の理が、言葉にした途端、ただの選別へと痩せたのだ。香は人の心を整え、結ぶ技であるはずだった。にもかかわらず、この一派は心の動きすら値札に変えていた。 庄兵衛が帳面を掲げ、玄路が宗玄の建言を読み上げる。数人の若い香術師も、これまで不審に思いながら従わされていた内情を語り始めた。証は一つでは弱い。だが灰、帳面、香譜、そして今ここでの焚き方の歪みが重なったとき、もはや偶然とは言えない。 老武家は長く黙した末、深いため息をついた。 「ここまで明るみに出た以上、庇い立てはできぬ」 その一言で決した。清胤は抗わず、ただ透真を見た。悔恨とも安堵ともつかぬ、奇妙に静かな目だった。 「お前は、宗玄殿より残酷だな」 透真には、その意味がすぐにはわからなかった。だが清胤はそれきり何も言わない。自らの理を砕かれた者の顔ではなく、ようやく終わりを許された者の顔に見えた。 座敷の外では、春の風が障子をかすかに鳴らしていた。香りはわからない。それでも透真は、長く淀んでいた場の重みが少しずつ解けていくのを感じた。師の遺したものは復讐ではなかった。ただ、歪みを歪みとして照らすための道筋だったのだ。透真は冊子を閉じ、静かに息をついた。ここから先、香術をどう立て直すか。その難しさまで含めて、自分の歩むべき道がようやく見えていた。

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