エラベノベル堂

潮岬の灯へ、十年越しの便り

全年齢

小説ID: cmneirtr5000g01n3tngv0i6s

4章 / 全10

説明会の日、町の公民館はいつになく人が集まっていた。漁師も商店主も、子どもを連れた若い夫婦も、壁際には役場の職員まで並び、夏だというのに室内の空気は重かった。澪は後ろの席に座り、配られた計画図を見つめた。新しい桟橋、広い歩道、飲食店の並ぶ区画。その一角に小さく記された岬周辺整備の文字は、ほとんど飾りのように見えた。けれど、その曖昧さこそが怖かった。 前の方では、便利になるなら歓迎だという声と、景色まで売り渡すのかという声が交互に上がった。真尋の父は漁の荷さばきが楽になると現実的な利点を話し、商店街の古道具屋の主人は、通る道が変われば人の流れも記憶も変わると食い下がった。どちらも間違っていないのに、言葉はぶつかるたび角を立てていく。澪はその様子を見て、胸の奥がひりついた。町の大切なものは、まだ失われていない。ただ、失われる前の音がもう鳴り始めている気がした。 会が終わったあと、外へ出た人々はそれぞれ小さな輪を作り、同じ話を繰り返した。賛成と反対が、海と陸みたいにくっきり分かれていく。澪が立ち尽くしていると、志乃が近づいてきて、古い封筒を一枚差し出した。資料館の整理をしていたら、写真台紙の裏から出てきたの、と言う。封筒は開かれており、中の便箋には見覚えのある、少し右上がりの筆跡があった。澪の喉が熱くなる。十年後の自分の字だった。 そこに書かれていた文は短かった。 灯りが消える前に、声をつなげて。 そして余白の隅に、ほとんど消えかけた小さな一文があった。 未来は決まっていない。あなたが誰に手紙を届けるかで変わる。 澪はしばらく動けなかった。止めるべき出来事とは、工事そのものではない。人が互いの言い分を、自分に都合のいい敵の声としてしか受け取れなくなることだ。灯台が町の全部をひとつの景色として見渡していたように、誰かの思いを別の誰かへ届けなければならない。 その夜、澪は灯台へ向かった。草介老人は何も言わずに扉を開け、真尋は少し遅れて息を切らして現れた。澪は二人に手紙を見せ、自分の考えを話した。残すか壊すかではなく、何を守りながら変えるのかを、町の人同士が直接聞き合う場を作りたい。役場の説明会では足りない。もっと近い距離で、顔の見える言葉を交わさなければだめだと。 真尋は最初、難しい顔をした。けれどやがて、港の若い連中なら集められるかもしれない、とつぶやく。草介老人は窓の外の闇に目を向けたまま、ようやくうなずいた。灯台の明かりは、昔から帰る場所を示すためにある。ならば今夜は、人の言葉の帰る場所にもなるかもしれんな。 岬の下では、見えない波が絶えず岸を打っていた。澪は手紙を胸元で握りしめる。自分は配達人だ。未来が託した声を、いま届くべき相手へ運ぶ。その役目の輪郭が、夏の夜の潮風の中で、はじめてはっきりと立ち上がっていた。

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