七月に入ると、雨雲の切れ間から差す光が鋭さを増し、理科準備室の結晶も前よりはっきりと青を帯びるようになった。科学実験クラブでは、現象を一つずつ切り分けるやり方から、三つをつなげて扱う段階へ進んでいた。光の角度を固定し、金属の輪の音を一定に保ち、水面の揺れを記録する。たったそれだけの手順なのに、条件がそろった瞬間、部屋の空気が静かに深くなる。まるで見えない底が開くようだった。 その日、最初に変化を見つけたのは澪だった。 「模様、昨日と違います」 黒いトレーの水面には、いつもの花にも地図にも見える線ではなく、いくつもの短い弧が重なっていた。由良が手帳の後ろの頁をめくると、余白に似た記号がある。奏太は装置の出力を確認しながら首をひねった。 「数値は合ってる。むしろ今までで一番安定してるのに」 篠崎は水面をのぞき込み、低い声で言った。 「安定したから、次の段階が出たんでしょう」 その言い方に、由良はまた胸の内側をつかまれた気がした。 「先生、それも知ってたんですね」 問いかけると、篠崎は否定しなかった。準備室の窓から入る風が、書類の端をわずかに鳴らす。彼は少し疲れたように笑ってから、古い椅子に腰を下ろした。 「昔、この学校に似たことを記録していた人がいました。僕はその人から、話だけは聞いていたんです」 「その人って、手帳の持ち主ですか」 由良が聞くと、篠崎は首を横に振った。 「持ち主の、息子です」 三人とも声を失った。篠崎は視線を結晶へ落としたまま続けた。 「僕が子どものころ、家に古い記録が残っていました。光や風や水が、ただの現象以上の意味を持っていた時代の名残です。でも父は、調べるなと言った。人の記憶に触れるものだから、と」 父、という言葉が出た瞬間、由良は夢の中で聞いた声を思い出した。失くさないで。その一言が、今は別の重さで胸に沈む。 奏太が珍しく真面目な顔で尋ねた。 「じゃあ先生は、最初からこれを止めるために来たんですか」 「半分はそうです」 篠崎は正直に言った。 「もう半分は、終わらせ方を確かめるためでした」 空気が少し冷えた。終わらせる。その言葉に、由良は反射的な反発を覚えた。ここまで積み上げてきたものを閉じるためだけに、自分たちは放課後を重ねてきたのか。だが篠崎の顔には、取り上げる大人の冷たさではなく、迷いの深さがあった。 そのとき、水面の模様がふっと変わった。弧の列が途切れ、細い線が中央へ集まっていく。澪が息を止める。奏太の装置は触っていない。光も音もそのままなのに、模様だけが意志を持つように組み替わり、やがて校内地図の一部に似た形になった。 旧温室だった。 四人は顔を見合わせた。今は使われず、ガラスも半分以上が曇り、鍵のかかったままの場所だ。由良は手帳をめくり、温室の記述を探した。最後の方の頁に、ごく短い走り書きがある。 保管点を南へ移す。夏至以後、反応強まる。 「保管点って……」 呟いた由良に、篠崎が静かに立ち上がる。 「たぶん、次を確かめる場所です」 先生の声音には、逃げないと決めた人の硬さがあった。秘密から目をそらしてきた時間ごと、今ここで引き受けるような響きだった。窓の外では、夏の空がようやく雲を押しのけ、校舎の向こうの旧温室だけを白く照らしている。まるであの場所が、ずっとこちらに気づいてもらうのを待っていたみたいに。
理科準備室に、失われた青の余燼
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