エラベノベル堂

理科準備室に、失われた青の余燼

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小説ID: cmneiryh5000i01n35nyx2hrt

7章 / 全10

翌日の放課後、四人は理科準備室の机をいつもの実験台ではなく、対話のための卓のように囲んだ。結晶は中央で淡く明滅し、金属板はその隣で鈍い光を返している。篠崎は学校全体の見取り図に新しく線を引いた。理科準備室、旧温室、北側の石碑、裏山の井戸。これまで現象を強めていた経路ではなく、流れを逃がして均すための配置だった。 「復活ではなく継承にするなら、思い出を一か所に溜めないことです」 篠崎の声は落ち着いていたが、その左手はわずかに震えていた。最後の名残を扱えるのが自分だけだと、生徒たちももう知っている。知ってしまったからこそ、由良はその手を一人のままにしたくなかった。 奏太は温室から運び出した古い配線材と学校祭で余った照明器具を組み合わせ、光の出力を細かく刻めるよう改造した。澪は現象が起きた時刻だけでなく、その場にいた人の会話や感情まで記録欄に加えた。由良は町の聞き取りを始めた。商店街の時計の音を聞いた店主、川沿いで亡くなった祖母の歌を思い出した大学生、夜の校舎の前で昔の級友の笑い方を急に思い出して泣いた卒業生。誰もが現象そのものより、心の奥に触れられたことに戸惑っていた。 それは力ではなく、記憶の天気だった。 数日後、学校では小さな説明会が開かれた。もちろん魔法という言葉は使わない。校内の古い設備と環境条件が重なり、特殊な共鳴現象が起きている可能性がある、と篠崎は理科教師らしい言葉で伝えた。だが最後に彼は、原稿にない一言を足した。 「忘れたと思っていたものが、たまに戻ってくることがあります。それ自体は悪いことではありません。大切なのは、過去に閉じこもらないことです」 聞いていた何人かの大人が、静かに目を伏せた。 その夜、最後の調整が行われた。理科準備室の光、温室の金属板、井戸のそばに置いた反射鏡。三つをつなぎ、出力を最低まで落とす。校内放送の使われていない回線に、奏太が作った微弱な音の装置を乗せると、空気がすっと澄んだ。水を張ったトレーには、初めて乱れのない模様が浮かぶ。校章でも地図でもない、ゆるやかな螺旋だった。 「流れてる」 澪が呟く。 溜まっていたものが、どこかへ消えるのではなく、町全体に薄くひらいていく。由良はそう感じた。すると結晶の青がふいに強まり、準備室の窓に一人の姿が映った。白衣の若い教師。手帳の持ち主だと、なぜか誰もがわかった。その像は篠崎を見て、それから生徒たちへ視線を移す。口元がゆっくり動いた。 ありがとう。 声は聞こえなかったのに、意味だけが確かに伝わった。 次の瞬間、青い光は砕けるように細かな粒へほどけ、窓の外へ流れていった。校舎のどこかで鳴っていた軋みも、遠い足音も、そこで静かに止んだ。完全に消えたのではない。ただ、もう叫ぶ必要がなくなったのだ。 篠崎は長く息を吐き、初めて少し泣きそうな顔で笑った。由良はその表情を見て、この人が案内人になるのだと思った。最後の魔法使いではなく、不思議に名前を与え直す教師として。 そして机の上には、青さを失ったはずの結晶がひとつ残っていた。その内部には、ごく薄く、新しい筋が生まれていた。

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