ユウトは通知の残響を握りしめたまま、夜明け前の街へ出た。眠らない広告塔の光が路面に滲み、記憶市場の看板だけがやけに白い。見つけて、という無音の言葉は、胸の奥で何度も反響した。誰が、何を、どこで。問いは増えるのに、答えに届く足場だけが細い。 翌日、彼は再び記録屋を訪れた。店主は端末に映るリナの断片を見て、短く息を漏らした。これは個人の恋愛記録に見せかけた鍵だろう、と。店主は埃を払うように資料を開き、回収記録の一覧を示した。申請者の多くは治療支援を受ける家族持ちで、支援額が増えるほど売却率も上がる。支えるための制度が、静かに奪う仕組みに変わっているのだと、ユウトは初めて骨の芯で理解した。 さらに店主は、広場の式典についても触れた。不要な記憶は社会を不安定にする。その標語は啓発ではなく、回収対象を選別する合図だったらしい。式典の日、研究機関の職員たちは、市民に安心と引き換えの選択を迫り、残すべき記憶と消すべき記憶を分類していた。人々は自分の意思で手放したと思わされ、実際には都合よく整えられていた。 ユウトは息を呑んだ。リナの映像に混じっていた白い建物は、記憶の保管庫ではなく改変の中心だったのだ。あの笑顔の向こうで、誰かが何度も過去を書き換えていた。しかも、その痕跡は初恋の記憶に埋め込まれ、気づく者だけに届くよう仕込まれている。 家へ戻る途中、母から短い呼び出しが入った。治療継続の確認と、次回分の支援条件の提示。画面に並ぶ項目のひとつを見て、ユウトは言葉を失う。重要記憶の追加提出。条件は以前より厳しい。母を守るために何を差し出すのか。迷いが鈍い痛みになって、胃の底へ沈む。 その夜、ユウトは初恋の映像を何度も再生した。リナの横顔、川沿いの帰り道、手を伸ばし損ねた距離。だが最後に映るのは、広場の床に落ちた小さなタグだった。そこに刻まれた番号は、母の治療記録と同じ系統のものだと気づく。恋の記憶は、ただの思い出ではなかった。彼の失った日々は、最初から一本の線で結ばれていた。 窓の外で夜が薄れ始める。ユウトは初めて、自分の空白が誰かに作られたものだと知った。そしてその真実を追うたび、守りたいものまで姿を変えていく気配に、静かに背筋を冷やした。
記憶市場の果て、初恋は真実を灯す
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