ユウトは朝も来ないうちに目を覚ました。窓の外では輸送車が低く唸り、街はすでに整った顔をしている。だが彼の胸の内は、昨夜からずっとざわめいていた。初恋の映像を見返すたび、リナの笑顔の奥に、こちらを誘うような影が差す。もう一度確かめなければならない。そう思うのに、確かめるほど失う気もした。 彼は記録屋へ向かった。店主は無精ひげの奥で目を細め、映像を何度も見直したあと、低い声で言った。これは記憶の断片ではない。隠し扉だ。誰かが意図して、見つける者にだけ繋がるよう仕組んでいる。白い建物は研究機関の旧棟、広場は市民向けの再教育式典、そしてリナはその中心に近いところへいたらしい。だが店主はそこで言葉を切り、これ以上は自分で辿れと端末を押し返した。 帰宅すると、母が起きていた。痩せた手で湯呑みを包みながら、彼の顔色を見てすぐに察したようだった。何かを探しているね。ユウトが返事を迷うと、母は小さく息をついた。支援の通知が来たわ。次は条件が変わるらしい、と。画面を覗き込んだユウトは、そこに記された追加提出の欄を見て顔を強ばらせた。重要記憶の再審査。つまり、まだ残っているものまで差し出せということだ。 その言葉に、彼の中で何かが静かに鳴った。売ってきたつもりだったのは思い出だけではない。迷い、怒り、誰かを守りたいという感情まで、少しずつ削られていたのだ。けれど今は違う。空白の隙間から、確かに熱を持った輪郭が立ち上がる。リナが見つけてと言った意味を、ようやく掴みかけていた。 夜、ユウトは再び映像を開いた。すると今度は、教室の窓辺に映り込んでいた白い影がはっきりと輪郭を持ち、扉の上の識別番号まで読み取れた。記録の奥に重ねられた別の記録。そのさらに奥に、母の治療記録と同じ系統の印がある。息が止まった。初恋は偶然ではない。自分の失われた日々は、誰かの設計図の上でつながっていた。 ユウトは端末を握りしめたまま、薄暗い部屋で母の寝息を聞いた。守りたいものはまだここにある。だが真実は、もう扉の向こうで待っている。彼は初めて、自分の意思でその扉を開ける決意を固めた。
記憶市場の果て、初恋は真実を灯す
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