制御室の警報は、叫ぶような光を吐き続けていた。ユウトはリナの手を離せずにいたが、接続が進むほど、指先から温度がほどけていくのがわかった。都市全域へ流れ出した改ざん前の記録は、眠っていた人々の胸を乱暴に叩き起こし始めている。広場のスクリーンには、忘れられた式典の映像と、治療支援制度の本当の流れが重なって映った。家族を救う名目で、重要な記憶が静かに回収され、研究機関へ集められていた事実が、街じゅうにあふれ出す。ユウトはそれを見ながら、もう隠しきれないところまで来たのだと知った。 背後でリナが息を呑んだ。彼女の顔色が一瞬で青ざめる。中枢の放出は、記録を公開するだけでは終わらない。接続した者の深部記憶まで引きずり出す。ユウトはようやく、その意味を理解した。買い戻した初恋の記憶も、母を守るために売ってきた日々も、全部ここで溶けるのだ。だが不思議と恐怖は薄かった。むしろ、胸の奥に残っていた空白がひとつずつ埋まっていく感覚があった。 映像の断片の中で、母がまだ元気だった頃の姿が揺れた。治療費のために売った最初の記憶。泣きながらも背中を押してくれた夜。ユウトは思い出した。母はずっと、真実を知っていたのだ。支援制度の条件が厳しくなるたび、黙って首を振り、それでもおまえが選んだならいいと笑っていた。彼女は自分の延命よりも、息子が何かを失いきらないことを願っていたのかもしれない。 その時、通信が開き、母の声が届いた。弱く、それでもはっきりとした声だった。やりなさい、ユウト。あなたはもう十分、私を生かしてくれた。ユウトは目を見開いた。母の病室から送られた映像には、彼女の枕元で散らばる記録票と、手を握るリナの姿があった。リナは生きて、すでに外へ出ていたのだ。ふたりはずっと前から繋がっていたのに、改ざんされた世界がそれを見えなくしていただけだった。 ユウトは最後の記憶を開いた。初恋の細部はもう崩れ、代わりに確かな感情だけが浮かび上がる。誰かを大切に思ったこと。守りたいと願ったこと。その熱が残れば、名前が消えても人は進める。彼は中枢鍵をさらに深く差し込み、完全公開を実行した。白い光が視界を焼き、記録槽がひび割れる。都市全体が揺れ、誰もが自分の忘れていた過去に触れ始めた。 気づけば制御室は静かだった。警報も、映像も、もう遠い。ユウトの手からは温度が消え、代わりに見知らぬ朝の匂いがした。目の前には母がいて、その横にリナが立っている。二人とも、少しだけ泣いたあとみたいな顔をしていた。ユウトは自分が何者かをまだ完全には思い出せなかったが、それでもよかった。記憶は失われても、選んだ事実は消えない。彼は壊れた朝の中で、たしかに自分の足で立っていた。
記憶市場の果て、初恋は真実を灯す
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