エラベノベル堂

残像のシャッター、明日へ余白を残す

全年齢

小説ID: cmneisd1a000p01n3abhav76i

4章 / 全10

「……写真って、結果じゃないのか」 晴人は机に広げた古い日誌を見つめた。祖父の筆跡は、几帳面なのにどこか荒れている。戦場で撮ったらしい一枚の古い写真が挟まっていて、そこに写る人影は煤けた空の下で、顔も判然としない。ただ、目を凝らすほどに、その場で誰かが何かを選ぶ直前の気配だけが浮かび上がってくる。 「写真は結果ではなく、選択の余白を映す。余白を見誤るな」 声に出して読んだ瞬間、晴人は息を止めた。結果じゃない。だから当たる、外れるの話じゃないのかもしれない。防いだはずの転倒が別の騒ぎにずれたことも、少しだけ説明がつく気がした。だが、納得したいのに胸は落ち着かない。 ぱたん、と玄関の引き戸が控えめに鳴った。 「晴人くん、起きてる?」 聞き覚えのある声に、晴人は顔を上げる。昼に写真へ写っていた少女、美月だった。髪を急いでまとめ、少し息を切らしている。 「こんな時間に何だよ。ていうか、どうやって……」 「ごめん、急いでたの。家の周りで、変なのが続いてて」 美月は周囲を気にするように声を落とした。 「変なの?」 「夕方から、近所でやけに不安定なことが重なってるの。街灯が揺れたとか、塀のひびが広がったとか。大ごとじゃない。でも、なんか嫌な感じがするの」 晴人は椅子から立ち上がり、思わず日誌を握りしめた。昼に写っていた少女が、本当に目の前にいる。しかも彼女の家の周辺でも、写真と同じ種類の不穏さが起きている。 「それ、いつからだ?」 「今日。あ、でも、さっき見たのはもっと変だった。道の端に、古い看板みたいなのが傾いてて……誰かが触った跡もなくて」 晴人の指先が冷たくなる。昼の横断歩道の標識を思い出したからだ。 「写真に写ってたのと、似てる?」 「えっ、何それ」 美月が目を丸くする。晴人は答えず、机の上の写真と日誌を見比べた。祖父の言葉が、急に重さを持つ。結果ではなく、余白。なら、写真が示しているのは決まった事故じゃない。まだ選ばれていない危うさだ。 「……入れ」 晴人は短く言った。 「外で話すより、こっちのほうが落ち着かないからな」 「うん」 美月は小さくうなずき、店の奥へ一歩入る。晴人はその背中を見ながら、祖父の古い写真と日誌をそっと重ねた。写るものも、起こることも、まだ終わっていない。 けれど次の瞬間、何を見ればいいのか、その輪郭だけが少しずつ見え始めていた。

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