「……これ、全部つながってるのか」 晴人は古びた資料室の机に、祖父の取材記録を何冊も並べた。黄昏の光が高い窓から斜めに差し込み、紙の端を鈍く照らしている。市立図書館は静かで、ページをめくる音さえやけに大きかった。 美月が隣で身を乗り出す。 「同じ名前、またある」 「黒い傘の男、だろ」 晴人は唇を結んだ。未来の写真に何度も端だけが写り込んでいた影。その男が、祖父の古い記録の中にもいた。古い災害現場の写真の隅、崩れた塀の前、濁った路地の奥。はっきりした顔はない。けれど、黒い傘だけは妙に見覚えがあった。 「これ、警告してるんじゃない?」 美月が低く言った。 「危ない場所に、先にいるんでしょ」 「そう思いたいけど」 晴人は別のページをめくる。 「いや、こっちを見ると、逆にも見える」 記録には、祖父の走り書きが残っていた。傘の男、現れる。避難、遅れる。視線を誘導される可能性あり。 「誘導?」 美月が眉をひそめる。 「じゃあ、妨害者?」 「わからない。注意を促してるのか、逆に混乱させてるのか……」 晴人は写真を机に置いた。未来の危機を写すカメラ。その端に、いつも黒い傘の男がいる。偶然にしては多すぎる。 「祖父は、これを知ってたんだな」 「知ってたから、記録を残したんじゃない?」 美月の声は静かだったが、晴人にはそれが妙に遠く感じられた。 「でもさ」 晴人は顔を上げる。 「もし男が味方なら、もっと早く教えてくれればいい。もし敵なら、なんで毎回危ない場所にいるんだよ」 「それ、私に言われても」 「わかってる」 言い返す声は強かった。美月も負けずに机を叩く。 「でも、晴人くんだっておかしいよ。写真に写ったものを、全部そのまま未来だって決めつけすぎ。祖父の記録だって、全部正しいとは限らないでしょ」 「決めつけてない」 「してる。だって、何か起きるたびに一番先に走り出すじゃない」 「走らなきゃ間に合わないだろ!」 声が室内に跳ね返り、二人とも黙った。しんとした資料室で、紙の匂いだけが濃くなる。 晴人は拳を握り、記録の端を見つめた。祖父の字。傘の男。災害現場。写真はただの予告じゃない。なのに、美月の言う通り、すべてをそのまま信じるには危うすぎる。 「……写真の意味、まだ俺にはわからない」 「私も」 美月は少しだけ視線を落とした。 「でも、危ないものを見つける助けにはなってる。そこは否定しない」 「だったら」 晴人は記録を閉じた。 「この男も、その助けの一部なのかもしれない」 「それ、今の晴人くんにしては珍しく弱い結論」 「うるさい」 美月は小さく笑ったが、すぐに真顔に戻る。晴人も笑えなかった。資料室の窓の外、色を失いかけた空の下で、黒い傘の輪郭だけが頭の中に残る。 ページを閉じた音が、やけに重かった。
残像のシャッター、明日へ余白を残す
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