エラベノベル堂

残像のシャッター、明日へ余白を残す

全年齢

小説ID: cmneisd1a000p01n3abhav76i

7章 / 全10

「……今夜、やけにざわつくな」 晴人は駅前広場の端で、手の中の写真を握り直した。人波はまだ途切れていない。仕事帰りのスーツ、買い物袋を下げた親子、待ち合わせらしい若い二人。いつもの夜の顔なのに、写真だけが違っていた。広場一帯が、まるで息を止めたみたいに暗く沈んでいる。 「停電、来るの?」 美月が小声で尋ねる。 「たぶん、かなり大きい」 晴人はレンズ越しに大型スクリーンを見上げた。そこにはまだ広告が流れている。だが、写真の中ではその光が消え、人の動きが乱れ、広場全体が混乱の渦になっていた。 「なら、先に人を散らそう」 「うん。でも、急に言ったら怪しまれるよ」 「だから俺がやる」 晴人は深く息を吸い、広場の中央へ踏み出した。 「すみません、足元の段差に気をつけてください。あ、向こうの通路、少し混みます!」 最初は誰も足を止めなかった。けれど晴人が写真を示しながら、遠回りできる道を指すと、立ち止まる人が少しずつ増えた。美月も横へ回り、ベンチの近くにいた家族へ静かに声をかける。 「スクリーンの前、ちょっと離れましょう。何かあっても逃げやすいように」 「何かって?」 「念のためです」 曖昧な笑顔でやり過ごしながら、晴人は人の流れをずらしていく。誰かがぶつかれば、小さな騒ぎになる。階段の脇で足を止めれば、群れが詰まる。そうならないように、ひとつずつ。 「……これでいい」 胸の内でそう言いかけた、そのときだった。 広場の明かりが一斉に落ちた。 「え?」 ざわ、と人の声が跳ねる。だが、完全な暗闇にはならない。大型スクリーンだけが、不気味なほど明るく残っていた。ノイズの走る白い光が、次の瞬間、別の映像へ切り替わる。 晴人は動きを止めた。 そこに映っていたのは、祖父の戦地写真だった。 煤けた空、崩れた壁、そして、見覚えのある構図。祖父が日誌に挟んでいた、あの古い一枚。広場のどよめきが遠くなる。スクリーンの光に照らされた写真の端を、黒い傘の影がかすめている。 「なんで……」 美月の声が震えた。 晴人は喉が塞がるのを感じた。自分が見てきた未来の断片が、こんな形で人前に晒されるはずがない。しかも、ただの事故や停電の予兆ではない。誰かが、狙って見せたような切り替えだった。 スクリーンの下に人だかりができる。数人がスマホを向け、数人は不審そうに見上げている。その視線の先に、晴人は自分の名前が書かれた気がした。 「晴人くん」 美月が袖をつかむ。 「これ、見られてる」 晴人はゆっくり振り返った。広場の片隅に、カメラのレンズみたいな反射がひとつだけ見える。そこに人影はない。けれど、たしかにこちらを向いている感覚がある。 写真が、祖父の写真が、今の自分まで結びつけられている。 「……俺たちじゃない。俺だけを見てる」 そう口にした瞬間、スクリーンの映像がふっと乱れた。ざわつく群衆の向こうで、晴人は息を飲むしかなかった。停電は来ない。代わりに、観察している何者かの気配だけが、夜の広場に濃く残っていた。

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