「……こんな場所、あったのか」 晴人は梯子のきしむ音に耳を澄ませながら、祖父の店の屋根裏へ身を滑り込ませた。朝の気配はまだ薄い。埃の匂いと、古い木材の乾いた匂いが鼻の奥をくすぐる。段ボールの山の奥に、ひとつだけ新しい留め具の箱が隠すように置かれていた。 「隠し箱、ってやつか」 指先で蓋を持ち上げると、中には未使用のフィルムが数本、きっちり並べて置かれていた。その下に、薄いノートが一冊。表紙には祖父の字で、撮る者が未来を固める、とだけ書かれている。 「固める……?」 意味を確かめる前に、背後の気配が変わった。 「やっと見つけたのね」 晴人は振り向く。屋根裏の梁にもたれるように立っていたのは、黒い傘の男だった。傘は閉じたままだが、その影だけがやけに濃い。 「……おまえ」 「カメラを災害を止める道具だと思っていたなら、それは違う」 男の声は低く、乾いていた。 「起こる可能性を、一つに絞る装置だ。お前は止めているつもりで、選ばれなかった未来を切り落としている」 晴人の喉が鳴った。 「じゃあ、俺が助けたのは」 「助けたさ。だが同時に、別の筋道を消している」 「そんな……」 「写真は優しい顔をしている。だが、残酷だ」 男はそれだけ言うと、階段の方へ視線を流した。誰かが上ってくる音はない。それでも、次の瞬間にはもう距離が少し開いているように見えた。 「待てよ。おまえは何なんだ。祖父のことも知ってるのか」 「知る必要があるなら、いずれわかる」 晴人が踏み出そうとした瞬間、男は閉じた傘を肩に当て、屋根裏の暗がりへ半歩退いた。 「ひとつだけ覚えておけ。お前が介入した時点で、未来はもう元の形ではない」 「介入……」 その言葉が、胸の奥に重く落ちる。第2話で見たベンチ、第3話でずれた騒ぎ、第5話で点検に回った堤防。どれも防いだはずなのに、確かに何かが変わっていた。 晴人は拳を握った。 「俺が、変えてたのか……」 「ようやく気づいたか」 黒い傘の男は、それだけ告げると、屋根裏の窓際へぼんやりとした影を落とした。次の瞬間には、そこに人の輪郭はない。 残ったのは、古い木のきしみと、箱の中のフィルムの冷たさだけだった。 晴人はしばらく動けなかった。指先でノートを開くと、いくつもの走り書きが並んでいる。未来を撮るな、選択を見ろ。まだ固まっていない余白を、見逃すな。 「余白を見ろ、って……」 笑えない。けれど、背筋だけは妙に熱い。 窓の外で、鳥が一斉に飛び立つ音がした。晴人はノートを胸に押し当て、握ったフィルムを見下ろす。 止めたつもりの未来は、止まってなどいない。むしろ自分の手で、形を変え続けている。 その事実に気づいた朝は、やけに静かだった。
残像のシャッター、明日へ余白を残す
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