エラベノベル堂

終点の先、町は記憶を連れて

全年齢

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3章 / 全10

「これが、昔の記録ですか」 新は車庫事務所の机に広げられた時刻表を、息を詰めて見つめた。紙は黄ばんでいるのに、線路の名残だけは妙にくっきりしている。先輩運転士が指先で古い欄を示した。 「そうだ。章吾さんの紙片にあった停留場は、もう廃止された経路のひとつだな」 「こんな場所が、ほんとに走ってたんですか」 「走ってたさ。町の景色は、そう簡単には消えない。消えたように見えるだけだ」 整備担当の男が、工具箱を閉じながら笑った。 「なら、見に行くか。古い写真を集めてる商店がある。あそこなら残ってるはずだ」 新は顔を上げた。紙片の文字が、ただの地名ではなく、一本の道筋に変わっていく気がした。 「お願いします」 「素直でよろしい」 先輩は肩をすくめると、事務所の扉を押した。 「行くぞ。机の上で考えてても、町は見えない」 商店街の一角にある小さな店は、棚から棚まで古写真で埋まっていた。案内してくれた店主は、来客に慣れた様子でアルバムを開く。 「これが、駅前の通り。こっちは停留場の前。人が多かった時代だねえ」 白黒の写真の中で、路面電車は当たり前みたいに通りの真ん中を走っていた。買い物袋を提げた人が手を振り、子どもが駆け寄り、店先の看板は風に揺れている。 「電車が来ると、客足が動く。そういう町だったんです」 新が思わず言うと、店主は静かにうなずいた。 「昔はね。あの音がすると、そろそろ仕込みを切り上げるかって、みんなが自然に動いたものさ」 先輩が新の横で小さく息を吐く。 「見慣れた景色ってのは、便利な言い方だよな。ありがたさは、なくなるまで気づかれない」 新は写真を見つめた。そこには賑わいだけがあるのではない。人が電車に合わせて暮らし、電車もまた人の呼吸に合わせて町を抜けていた痕跡が、薄く重なっている。 「今の静けさが、嘘みたいです」 「嘘じゃないさ」 店主はアルバムを閉じた。 「ただ、静かになった分だけ、前の音が余計に残るんだよ」 新は胸の奥で、その言葉を何度も転がした。廃線が近づいている現実は変わらない。それでも、町の人たちは電車を特別なものとしてではなく、暮らしの一部として受け入れてきた。その積み重ねだけが、今も重たくここにある。 店を出たあとも、新はしばらく歩けなかった。先輩が振り返る。 「どうした」 「いえ……ただ、俺、知らないまま乗ってたんだなって」 「知らなかったなら、これから知ればいい」 新はこくりと頷いた。紙片の上の停留場名が、遠い過去ではなく、今の町へ続く入口に見えた。風が商店街を抜け、看板を鳴らす。その音に混じって、どこかで電車の走る気配がした。

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