翌週に入るころ、悠真は老人の言葉を確かめるように、終点から先の町を自分の足で歩くようになった。乗務を終えた夕暮れ、線路に沿って古い通りを進むと、今は使われていない案内板や、色の剥げた街灯が残っている。どれも見過ごしていたものばかりだった。けれど目を凝らすと、この町はなくなりかけているのではなく、長い眠りの途中にあるようにも思えた。 野末はそんな悠真の様子に気づいたのか、珍しく自分から話し出した。 おまえ、あの人の行きたい場所を探してるんだろ。 図星で、悠真は苦笑した。野末は窓の外の架線を見上げながら、昔、この路線の先に広場があったと教えてくれた。春には市が立ち、夏は盆踊り、冬には小さな灯りが並んだという。路面電車の開通記念碑もあったらしいが、区画整理で人の流れが変わり、今では寄る人もほとんどいない。 あのご夫婦、そこで写真を撮ってたよ。開業五十年の年だったかな。奥さんが笑う人でさ。電車が来るたび手を振ってな。 その日の帰り、悠真は和菓子屋の女将にも尋ねた。女将は少し驚いた顔をしたあと、店の奥から古い包み紙を持ってきた。裏に薄く、広場で開かれた祭りの日付が書かれている。 この日にね、あの奥さん、うちのみたらしを二本買っていったの。一本は自分、もう一本はご主人の分。娘さんが先に食べちゃって、三人で笑ってた。 八百屋の店主は、広場の噴水の縁で仲間と夕方までしゃべっていた思い出を語った。常連の老婦人は、あそこは町の待ち合わせ場所だったと目を細めた。話はどれも小さいのに、集まると一つの景色になった。路面電車はその景色の真ん中を、当たり前みたいな顔で走っていたのだ。 数日後の朝、老人が乗ってくると、悠真はミラー越しに軽く会釈した。老人も気づいたように、帽子のつばの下でわずかに目元をゆるめた。その日は車内にほかの客が少なく、レールの響きだけがよく聞こえた。終点に着く直前、老人が運転台の近くまで来た。 もうじきです、と老人は言った。 何がですか。 私の最後の乗車です。約束を果たす日が近い。 穏やかな声だったが、悠真の胸は小さく波立った。老人は続けた。 妻に、最後にもう一度、電車であそこへ行こうと言ったままになってしまってね。ずいぶん遅くなりました。 悠真は返す言葉を探し、結局、ぜひ乗せていってください、とだけ言った。老人はありがとうと頷き、降りていった。 その背中を見送りながら、悠真は初めて強く思った。ただ決められた時間を守るだけでは足りない。この路線が終わる前に、町の中にまだ残っている灯を、少しでも見える形にしたい。 その晩、休憩所で野末に相談すると、ベテラン車掌は缶コーヒーの蓋を閉め、面倒そうな顔のまま言った。 派手なことはできん。でも、小さくならできるかもしれん。 悠真は頷いた。和菓子屋、八百屋、老婦人、常連客たちの顔が次々に浮かぶ。眠っているように見えた町の記憶は、呼びかければまだ目を開けるのかもしれない。路面電車の窓に映る朝の光は、昨日までより少しだけ明るく見えた。
終点の先、町は記憶を連れて
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