エラベノベル堂

終点の先、町は記憶を連れて

全年齢

小説ID: cmnenaopn004b01n3nalu83yt

7章 / 全10

広場に集まった人々の輪は、時間がたつにつれて少しずつ広がっていった。誰かが持ってきた古い時刻表を囲み、若いころはこの便に飛び乗って会社へ通っただの、祭りの夜は臨時便が出ただのと、途切れていた町の声が線路のようにつながっていく。悠真は一度電車へ戻り、次の運行に備えながらも、ガラス越しにその光景を何度も見た。廃線が決まっている事実は変わらない。それでも、なくなる前に取り戻せるものがあるのだと、車体の古い金属に触れるたび思えた。 次の折り返しで再び広場近くへ戻ると、記念碑の前にはさっきより人が増えていた。噂を聞きつけたのか、子どもの手を引いた母親や、散歩の途中らしい夫婦まで足を止めている。女将の団子はもう残りわずかで、八百屋の店主はみかん箱の横で照れくさそうに昔話の相手をしていた。野末は変わらず無愛想な顔で立っていたが、停留場へ向かう年配客にそっと腕を貸している。 老人は記念碑のそばの椅子に腰かけ、写真立てを膝に置いていた。その周りには自然と人が集まり、奥さんのこと、娘さんのこと、この路線で過ごした日々のことを静かに聞いていた。悠真が近づくと、老人は顔を上げた。 約束を果たせました。 その一言は、長い旅の終わりのように澄んでいた。悠真は、よかったです、と答えたが、それだけでは足りない気がした。あなたのおかげで町まで来てくれました、と続けようとしたとき、広場の端で小さなどよめきが起きた。 一人の女性が、人垣の向こうで立ち尽くしていた。四十代半ばほどだろうか。都会的なコート姿だが、その目は記念碑と老人を見たまま揺れている。老人もまた、その姿に気づいた瞬間、息をのんだ。 娘さんだ。 誰かの呟きが風に溶けた。女性はゆっくり歩み寄り、父さん、とかすれた声で呼んだ。老人の肩が震える。聞けば、商店街の誰かがこの集まりの話を昔の連絡先づてに伝え、半信半疑で駆けつけたのだという。町を離れてから長く足が遠のいていた娘は、写真立ての中の幼い自分を見て、たまらず笑いながら涙をこぼした。 ずるいよ。そんな大事な約束、先に言ってよ。 老人は困ったように笑い、言った。 一緒に来るかどうかは、おまえが決めることだと思っていた。 その返事に、娘は何も言えず、父の隣にしゃがみこんだ。写真立てをのぞき込む二人の背中は、どこか昔の続きのようだった。広場にいた人々は拍手も歓声も上げなかった。ただ、それぞれが少し離れた場所で目を細め、再会の輪郭を静かに見守った。 予想していたのは、約束を果たした老人が一人で帰っていく姿だった。けれど実際にそこにあったのは、途切れたと思われていた家族の線まで、この路面電車がもう一度結び直してしまった景色だった。悠真は胸の奥で何かが確かに灯るのを感じた。線路は町を走っているだけではない。言えなかった言葉や、戻れないと思っていた時間のそばまで、人を運ぶのだ。 発車時刻が近づき、悠真が運転台へ戻ると、次に乗り込んできたのは老人と、その娘だった。二人は並んで、あの左側の窓際に座った。老人の膝には写真立て、娘の手には女将の包んだ団子。電車がゆっくり動き出すと、窓の外で広場の人々が手を振った。廃線の予定はまだ白紙にはならない。だが、その日を境に、保存会を立ち上げようという声や、観光路線として残せないかという話が自然に生まれ始めることを、悠真は後に知ることになる。 車輪の響きは、朝よりもあたたかかった。終わりへ向かうはずの路線は、そのとき確かに、誰かの未来のほうへ続いていた。

7章 / 全10

TOPへ
終点の先、町は記憶を連れて | エラベノベル堂