電車が広場を離れたあとも、車内にはまだあの場のぬくもりが残っていた。悠真は運転台からミラーをのぞき、老人と娘が並んで座る姿を確かめる。娘は包みを開き、団子を一本差し出した。老人は少し肩をすくめて受け取り、子どもみたいに照れた顔で笑った。その横顔を見た娘もまた、どこか昔の少女に戻ったように見えた。 折り返しの終点に着くまでのあいだ、車内では小さな会話が絶えなかった。老婦人は娘に、幼いころよく窓に額をくっつけて海を見ていたことを話し、八百屋の店主は、おまえさんの父さんは昔から真面目すぎるくらい真面目だったと笑った。娘は何度も驚き、何度も頭を下げ、そのたびに車内の空気はやわらかくほどけていく。知らないはずの人たちが、自分の知らなかった家族の時間を持っている。その不思議を、彼女はひとつずつ受け取っているようだった。 終点で短い休憩に入ると、悠真はホームに降りた。冷たい風が頬を撫でたが、心は妙に静かだった。野末が隣に来て、自動販売機の缶コーヒーを一本渡してくる。 やれることはやったな。 ぶっきらぼうな声に、悠真ははい、と答えた。すると野末は珍しく少しだけ笑った。 いや、まだかもしれん。 その視線の先には、広場から戻ってきた人たちが何人も立っていた。手には古い写真、走り書きの連絡先、保存会の話を書きつけた紙。さっきまでその場限りの再会に見えたものが、もう次の約束へ変わり始めている。悠真は胸の奥で、細い線が幾重にもつながっていくのを感じた。 再び発車時刻が来る。ベルを鳴らし、電車は夕方へ向けて町を走り出した。西日が窓ガラスを橙色に染め、古びた車内の金具までやさしく光る。老人はずっと膝の写真立てを見ていたが、やがて娘に向かって低く言った。 これで終わりだと思っていたんだがな。 娘は窓の外を見たまま答えた。 始まりかもしれないよ。 その言葉に、悠真の指先がわずかにマスコンの上で震えた。終わる路線のはずだった。最後を見届けるための数日だと思っていた。けれど今日、町の人々は思い出を懐かしむだけでは終わらなかった。なくす前に手を伸ばそうとしている。老人が果たした約束は、過去へ戻るためのものではなく、止まりかけた町の時間をもう一度動かす合図だったのかもしれない。 次の停留場で、若い母親と小さな男の子が乗ってきた。男の子は空いた窓際に座るなり、運転台へ向かって大きく手を振った。車内に笑いが広がる。野末が昔みたいだなと呟き、老人も目を細めた。 悠真は前を向いた。レールは変わらず一本の線のまま伸びている。けれどその上を走る電車は、もうただ別れへ向かうだけの乗り物ではなかった。町の記憶を乗せ、離れていた人を呼び戻し、次の誰かの景色まで運んでいく。夕暮れの街を抜ける車輪の響きは、終点ではなく、その先を知らせる音のように澄んでいた。
終点の先、町は記憶を連れて
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