解析室の扉が閉まると、外の整備音がふっと遠のいた。朝比奈新は腕の端末を抱えたまま、向かいの椅子に腰を下ろす蒼依に画面を向ける。 「これ、見てくれ」 「なに。顔がやけに真剣だけど」 「観測の偏りだ。砂塵の寄り方が、周期を持ってる。しかも、気象制御装置の作動履歴と重なる」 蒼依の指が止まった。端末の表示を追う目が、次第に鋭くなる。 「……ほんとだ。二十四時間より少し短い。いや、もっと嫌な感じがする。装置が動くたび、砂が反応してるみたい」 新はうなずいた。昨夜から抱えていた違和感が、他人の視線を通しただけで急に重みを増す。 「俺も最初は偶然だと思った。でも、同じ揺れ方を何度もする。人工大気が、誰かの手で軽く押されたみたいに傾いてる」 蒼依は眉をひそめ、もう一度データを指で拡大した。 「この周期、制御装置の更新間隔に近い。もし連動してるなら、基地の気圧制御そのものがじわじわ崩れるかも」 「数日以内に、ってことか」 「可能性はある。しかも、今はまだ表に出る段階じゃない。だから余計に危ない」 新は息を吐いた。派手な異常なら誰でも気づく。だが、静かな歪みは見逃される。まるで砂の中に埋めた針のように、踏んだ者だけを傷つける。 「追加で調べるしかないな」 「うん。ログも再確認したい。装置の動きと、砂嵐の癖が本当に噛み合ってるなら、原因はもっと別のところにあるはず」 「別のところ、か」 蒼依は端末を閉じ、少しだけ声を落とした。 「新。これ、思ってるより大きいかもしれない」 「わかってる」 そう答えたものの、胸の奥では別の感覚がひそかに膨らんでいた。発見の興奮ではない。誰かが見落としてきた穴の縁に、やっと指先が触れたような不吉さだ。 新は画面に残った折れ線を見つめた。砂嵐の癖は、ただの奇妙な癖ではない。基地の空が、どこかで無理をしている合図に思えた。 「調べよう。今のうちに」 蒼依は小さく頷き、立ち上がる。 「決まり。じゃあ次、私がログを洗う。お前は観測値の再照合、頼める?」 「もちろん」 二人の視線が一瞬だけ交わった。言葉にしない不安が、同じ形でそこにある。 解析室の壁面モニターには、淡い赤色の気圧グラフが静かに揺れていた。その揺れは、もう偶然とは思えなかった。
火星の癖、嵐の証言
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