中央ログ室は、昼の気配がまだ薄く残る施設の奥で、やけに静かだった。棚に並ぶ記録媒体の光だけが、白い息のように壁を照らしている。朝比奈新は端末を抱え、向かいに立つ蒼依と同時に古い保存ログを開いた。 「こっちの期間、妙だな」 「どれ」 「三週間分、丸ごと空白がある。いや、消えたっていうより、そこだけ穴を抜いたみたいだ」 蒼依が眉を寄せる。新は画面を拡大し、記録の連番を指でなぞった。 「観測値だけじゃない。補正の履歴も飛んでる。しかも同じ時刻帯を狙ったみたいに、何度も」 「自然な欠損じゃないね」 「うん」 二人は別系統のバックアップを次々に照合した。だが、空白はどこを探しても同じ位置に食い込んでいる。まるで誰かが、砂の上の足跡だけを丁寧に消したみたいだった。 「編集履歴は」 蒼依の問いに、新は一拍置いてから答えた。 「権限が偏ってる。企業本部のアカウントに集中してる。現場の端末じゃ触れない場所まで、全部だ」 蒼依の表情が強張る。 「それって、隠してるってこと?」 「少なくとも、見せたくない記録がある」 新はさらに深い階層を開き、削除跡の残る断片を拾い集めた。記録の整合性は意図的に壊され、それでも完全には消しきれていない。消すなら、なぜここまで雑に痕跡を残すのか。答えは一つしかなかった。 「調査を止める前提で、急いで触ったんだろうな」 「つまり、問題は本当にある」 蒼依の声が低くなる。 「しかも、かなり前から」 新は保存媒体の列を見渡した。無数の記録があるのに、必要なはずのものだけが抜け落ちている。その不自然さは、砂嵐の癖よりもずっと露骨だった。 「ログの欠損は偶然じゃない。誰かが、都合の悪い流れをまとめて隠した」 「企業本部が?」 「少なくとも、その権限を持つ誰かだ」 蒼依は黙って画面を見つめ、やがて短く息を吐いた。 「じゃあ、私たちが見てる異常は、たまたまじゃないんだ」 「そうだな」 新は欠損箇所を指で囲み、静かに言った。 「意図的だ。ここまで来ると、もう見落としじゃなくて隠蔽だよ」 中央ログ室の冷えた空気の中で、二人の間にだけ確かな熱が残った。誰かが記録を削ってでも守ろうとしたものがある。そう悟った瞬間、新は背筋の奥に、ひどく嫌な確信が沈んでいくのを感じた。
火星の癖、嵐の証言
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