エラベノベル堂

火星の癖、嵐の証言

全年齢

小説ID: cmnenaun5004d01n38keanl49

7章 / 全10

政人の言葉は、冷えた室内で妙に乾いて聞こえた。朝比奈新は端末を抱えたまま、画面をそのまま政人の視線に差し出す。 「なら、これも綺麗事か」 「……何だ」 「中枢冷却系の交換が先送りされた記録だ。予算都合っていう言い訳付きでな」 政人の眉がわずかに動く。それだけで、新は答えを確信した。 「隠す気がないなら、最初からこんな痕跡は残さない」 「君が見ているのは、運用の都合だ。危険を承知で続けたなどと決めつけるな」 「決めつけじゃない。繋がってる。砂嵐の癖も、冷却負荷の跳ね方も、補正アルゴリズムの崩れも、全部だ」 政人は一歩だけ近づく。声を落としたぶん、圧力はむしろ増した。 「公表すれば、計画は止まる。契約は破棄される。ここにいる全員の未来が消える。君はそれでもいいのか」 新は一瞬、言葉を失った。けれど、それは迷いではなかった。目の前のログが、静かに脈打つように揺れている。壊れかけた人工の空が、必死に均衡を探している証拠だ。 「未来を守るって言うなら、今壊すなよ」 「壊しているのは異常そのものだ」 「違う」 新は画面を拡大し、ひとつの波形を指でなぞった。砂塵の偏りが、冷却負荷の上昇に遅れて寄り添い、次にわずかに戻っている。 「これは暴走の前触れじゃない。人工気候が、自分で崩れ方を直そうとしてる。押さえつけられるたび、別の場所で均衡を取り直してるんだ」 政人の顔から、ほんの少しだけ余裕が消えた。 「……何だと」 「防衛反応だ。壊れるためじゃない。生き延びるための動きだ」 言葉にした瞬間、新の背筋を冷たいものが走った。怖いのは、異常そのものではない。異常を異常のままにしておけるほど、基地がもう若くないことだった。 政人は沈黙し、やがて手を伸ばした。 「そのデータをこちらへ」 「断る」 「君一人で抱えきれると思うな」 「抱えるつもりもない。隠蔽したまま壊すより、出したほうがまだましだ」 そのとき、装置の低いうなりが一段深くなった。天井の灯りがかすかに揺れ、二人の影が壁にずれた。新は反射的に端末を抱き直し、目だけで振動の変化を追う。 政人は何も言わない。ただ、画面の波形を見つめたまま、硬く口を閉ざしていた。

7章 / 全10

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