エラベノベル堂

火星の癖、嵐の証言

全年齢

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8章 / 全10

非常監視席に着いた瞬間、蒼依は画面から目を離さずに言った。 「遅い。……でも、来たなら助かる」 朝比奈新は息を整え、隣の端末をのぞき込む。政人とのやり取りの熱がまだ喉に残っていたが、ここへ来てようやく、同じ高さで話せる相手がいる気がした。 「見てくれ。さっきの波形、単なる暴れ方じゃない」 「うん。私も追ってた」 蒼依の指が画面をなぞる。砂塵の偏り、気圧の微小な揺れ、冷却負荷の跳ね方。ばらばらに見えた線が、ある一点へ吸い寄せられるように揃っていた。 「これ、暴走の予兆じゃないんだ」 新は目を見開く。 「やっぱり、お前もそう思うか」 「予兆なら、ただ崩れていくだけ。でもこれは違う。崩れかけた人工気候が、最後の最後で均衡を探してる」 「……防いでる、ってことか」 「そう。壊れないために、無理やり形を変えてる」 新は拳を握った。ずっと追いかけてきた違和感に、ようやく輪郭が与えられた気がした。 「砂嵐の癖は、警告じゃなくて、応答だったんだな」 「うん。でも厄介なのはここから。均衡を探す力に対して、制御を強めるほど、逆に不安定さが増す」 「押さえ込むほど、暴れる……最悪だな」 「最悪。でも理屈は通る。補正が追いつかないまま、さらに上から締めつければ、逃げ道を探してもっと変な動きをする」 新は唇を結んだ。政人の言葉が、急に薄っぺらく聞こえる。守るべきは計画の体面じゃない。壊れかけた空を、無理のない形に戻すことだ。 「じゃあ、手動に切り替えるしかない」 蒼依が顔を上げる。 「本気で言ってる?」 「自動で均衡を探させながら、こっちで必要最低限だけ支える。全部を任せるんじゃなく、暴走しない範囲まで手で受け止める」 「……できると思う?」 「やるしかないだろ」 新は端末を持ち直した。目の前のモニターには、まだ不安定な波形が脈を打っている。けれど、その揺れはもう恐怖だけではなかった。必死に生き延びようとする、か細い意思にも見える。 蒼依は短く息を吐き、わずかに口元を緩めた。 「いい。なら、切り替え手順を詰めよう。住民を巻き込む前に、基地を止めない形を作る」 「できるか?」 「やるって言ったでしょ」 新は頷いた。非常監視席の低い照明の下で、二人の影が同じ方向へ寄る。人工の空はまだ答えを出していない。だが、少なくとも、どう向き合うべきかは見えた。 「新」 「ん?」 「今度は、隠さないで進める」 その言葉に、新は少しだけ目を細めた。 「……ああ」 画面の奥で、砂嵐の帯がゆっくりと形を変える。まるで、次の一手を待つみたいに。

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