試演の客は、思っていたより多く集まった。町の文化会館の小さな一室に、近所の年配者から若い学生まで、ざらりとした期待が入り混じっている。私は幕の陰で扇子を握り、手のひらに汗がにじむのを感じていた。隣では彼女が字幕の映る位置を最後まで目で追い、照明係に短くうなずく。開演前のざわめきの中で、彼女だけが妙に落ち着いて見えた。 最初の一席は、客席の反応が薄かった。けれどそれは、失敗ではなく、見慣れぬ景色を飲み込む沈黙だった。私が大げさに身をひねるたび、字幕が短く追いかけ、照明が場面の切り替わりを支える。客の視線は少しずつ、こちらの手元へ、表情へ、視線の先へと集まり始めた。誰かが小さく息を漏らし、それが合図になったように、前列の学生が肩を揺らした。 二席目に入るころには、空気が変わっていた。私は声がないぶん、間を長く取る。彼女はその沈黙を怖がらず、指先で次の言葉をほどくように示す。扇子を箸に見立てる動きが決まると、客席のあちこちで笑いがこぼれた。笑いは音だけでなく、表情にもなるのだと、その場にいる誰もが思い出していくようだった。 終演後、拍手は短く、しかし確かだった。私は袖で息をつき、ようやく彼女を見た。成功した、と言いたかった。だが彼女は私の視線を受けて、なぜか少しだけ首をかしげた。舞台裏に見慣れぬ男が立っている。黒い羽織に、古い寄席の名札を下げた、見覚えのある背中だった。 振り返ったその顔を見て、私の喉の奥が乾いた。師匠だった。来るはずがないと思っていた人が、客席の最後列ではなく、舞台袖に立っている。彼は私を見て、それから彼女の字幕台本を見て、黙ったまま深く息を吐いた。次の瞬間、師匠は笑った。まるで長年抱えていた固い石が、ようやく砕けたみたいな顔だった。 声がなくても、落語は生きるのか。そう問う代わりに、師匠は私の扇子を軽く指で弾いた。私ははっとして、思わず姿勢を正す。彼女が私の横に並び、何かを言おうとして口を開きかけたが、やめた。その沈黙の中で、師匠は一枚の封書を差し出した。大きな舞台の出演依頼だった。だが宛名には、私の名前だけでなく、彼女の名も並んでいた。
見えない声、灯る高座
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