夕方の光が、商店街のアーケードの端でやわらかくほどけていた。簡易の舞台は思ったよりも小さく、かえって信一には逃げ場がないように見えた。扇子を握る手に、うっすら汗がにじむ。 「大丈夫です。子ども向けですから」 由美が横に立ち、そう言ってからすぐに手を添えるように動かした。見せる、というより、先に空気を整えるみたいな指先だった。信一はうなずき、客席を見た。年配の客たちは首を傾げるようにして様子をうかがい、子どもたちは舞台の縁に身を乗り出している。 「じゃあ、いきますよ」 信一は扇子を開いた。ひと振りで、ひとりの男がそこに立つ。閉じれば別の顔になる。開けば少し大きく、閉じれば少し小さく、扇子の骨の動きだけで人物が切り替わっていく。由美の手話がその合間を埋め、言葉にしない台詞の輪郭をそっと支えた。 「わあ」 最初に笑ったのは、前列の小さな子だった。次に、隣の子が真似をするように肩を揺らす。信一はそれを見て、わずかに間を長くした。すると、年配の客の一人が、感心したように目を細める。 「今、分かったぞ」 つぶやきが漏れたとき、信一の胸の奥で小さな火が灯った。笑いは声の高さじゃない。見ている時間の中に育つものだ。 短い実演は、拍手に似たざわめきで終わった。信一が礼をすると、由美も隣で静かに頭を下げる。商店街の世話役が舞台脇へ近づいてきたのは、その直後だった。腕を組み、舞台の残り香を測るように眉をひそめる。 「面白い。面白いがねえ」 世話役は扇子の先を見て、それから信一の顔を見た。 「寄席で通用するかは、また別の話だ」 信一は扇子を閉じたまま、息を止める。さっきまで笑っていた空気が、ふいに硬くなった。由美がすぐ横で、何か言おうとして口を開きかける。だが信一は、先に小さくうなずいた。 「……はい」 声にならないほどの返事だった。それでも世話役は、その曖昧な音のない応答を見て、まだ言い足りない顔で舞台を見上げている。子どもたちの笑い声はもう遠くで弾んでいたのに、商店街の夕暮れだけが妙に長く引き伸ばされていた。
見えない声、灯る高座
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