エラベノベル堂

見えない声、灯る高座

全年齢

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5章 / 全10

師匠は封書を差し出したまま、しばらく私たちを見比べていた。大きな舞台の名が記された紙は、薄いのにやけに重たく見える。胸が跳ねた。けれど次の一言は、祝福ではなかった。 落語協会の人間が、首を振っている。あれは落語ではない、見世物だと。声を捨てたなら、もう寄席の看板は背負えない。そんな冷たい評が、舞台の外で先に広がっていたのだという。私は息をのんだ。ようやく開いた扉が、また目の前で閉じられる気がした。隣で彼女も唇を結ぶ。だが、彼女の指先は震えていなかった。 師匠は私の顔を見て、低く言った。お前は何を守りたい。芸の形か、それとも客に届くことか。問いは鋭かった。私は答えられなかった。守りたいのは両方だ。だが両方を同じまま抱え込めるほど、世間はやさしくない。誰にも認められなければ、またただの挑戦で終わる。けれど、そこで黙れば、声を失った者は何もできないと自分で証明することになる。 会館の廊下で、彼女は台本を抱えたまま壁にもたれた。悔しい、と彼女は初めて口の形ではっきり示した。私は頷いた。だが、その悔しさの奥で、別の感情がふくらんでいた。ここで引けば、きっと誰も気に留めない。だからこそ、次はただ演じるだけでは足りない。誰が見ても分かる形で、芸の芯を突きつけるしかない。 その夜、私たちは稽古場へ戻った。照明を落とし、字幕を消し、最初の一呼吸からやり直す。彼女は私の表情を厳しく見つめ、客に向かって何が伝わるかを一つずつ拾った。私は扇子を置き、素手で間を切った。形を飾るのではなく、噺そのものをむき出しにする。笑わせるための仕掛けではなく、登場人物が息をしているように見える瞬間を探す。 何度目かの通しで、彼女が突然手を止めた。今のは、見える人だけのためじゃない。そう言うように、胸を指した。私はそこで初めて気づいた。私たちが作ってきたのは、声の代わりではなかった。誰かを外に置き去りにしないための入口だ。ならば批判されるほど、まだ届いていない者たちへ向けて、もっとはっきり示せばいい。 私は深く息を吸い、舞台に立つ日のことを思った。大舞台の幕は、きっと一度では上がらない。だが上がる瞬間を、この手で引き寄せることはできる。師匠の沈黙も、敵意も、期待も、すべてひっくるめて、次の一席の燃料に変えてやる。そう決めたとき、彼女がふっと笑った。まるで、こちらの腹の底を見抜いていたみたいに。翌朝には、さらに意外な知らせが届くことを、私たちはまだ知らなかった。

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