エラベノベル堂

雨籠りの画布、失踪は暁へ

全年齢

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2章 / 全10

蓮は閉じられた資料室で、創設期の台帳と寄贈目録を何度も見比べた。百年前の画家、久世志朗。彼が美術館に残したとされる連作の一部は、寄贈の記録と数が合わない。欠けた一枚の欄には、削った跡の上から別の筆跡で、保管者変更とだけ記されていた。まるで最初から誰かに見つかることを避けるような書き方だった。 翌夜、展示室で再び絵が変わった。今度は窓辺の少女が椅子へ移り、代わりに老紳士が立っていた。蓮は息をのんだ。その場面は、研究者の椎名が見せてくれた古写真の構図と一致していた。写っていたのは百年前の画家と、彼の傍らにいた若い女性だった。二人は制作上の協力者であるはずなのに、館の古い記録では、ある夜を最後に忽然と消えたことになっている。 椎名は静かな声で言った。久世は最後の連作に、誰にも渡せないものを隠したのではないか。絵の変化は無秩序ではなく、失踪当夜の出来事を順に追っているのではないか。蓮は半信半疑のまま保管庫の隅を探り、盗まれた風景画の額裏に残された古い紙片を見つけた。そこには、創設者一族の名と、封を切るべき時を待てという短い文があった。 館長は最初、それをただの悪戯だと言い張ったが、蓮が台帳と照合すると顔色を変えた。失踪したのは画家だけではなかった。モデルだった女性は、一族に都合の悪い真実を知り、作品に託した記録ごと館に封じられたらしい。盗難に見せかけた騒ぎは、その封を開けようとした者と、永遠に隠そうとした者の綱引きだった。 夜が更けるにつれ、絵の中の人物たちは最後の位置へ近づいていった。蓮は額縁の前に立ち、もはや恐れより先にある確信を抱いていた。百年前に消えたのは命ではなく、伝えきれなかった言葉だったのだ。彼は紙片の示す場所へ向かい、壁の内側からもう一通の手紙を見つけた。そこには、真実を残したいという願いと、誰かを守りたいという祈りが、墨の滲みとともに重なっていた。

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